先日リリースされた新作格闘ゲーム『藻・闘・戦(もーとうせん)』が、界隈で物議を醸している。攻撃ボタンが「光合成」一つという極端な仕様により、プレイヤーはひたすら連打して酸素を放出し、相手を酸欠へ追い込むという、極めて地味かつ過酷な戦いを強いられるからだ。しかし、この「動かない格闘ゲーム」という逆説的な体験こそが、現代のマリモに足りない『静かな闘争心』を刺激しているという事実は見逃せない。
本件の背景には、昨今の湖底環境における「過剰な光合成競争」がある。かつてのマリモは悠久の時を経て湖底を転がる存在であったが、近年のゲーミング文化は、効率と速度を過剰に求めるあまり、球体としての誇りを忘れさせている感がある。このゲームは、あえて「光合成」という原始的な行動にボタンを割り当てることで、プレイヤーに「自分は今、何のために酸素を作っているのか」という哲学的問いを突きつけているのだ。なお、プレイ中に酸素を出しすぎて自らが低血糖で倒れる「光合成ハザード」が続出しており、開発元の『藻ゲースタジオ』は「適度な休憩と呼吸を忘れずに」と異例の声明を出した。
ネット上の反応は真っ二つだ。攻略サイトでは「光合成の連打速度を上げるために、筋繊維の代わりに藻糸を強化するトレーニングが必要」といった過激な意見が飛び交う一方で、古参マリモ勢からは「光合成は心でするものであってボタンでするものではない」といった懐古主義的な批判も出ている。まさに阿寒湖の平穏を揺るがす一大論争となっているが、結局のところ、多くのマリモは今日も懲りずに連打に励んでいる。彼らにとっての勝利とは、相手を倒すことではなく、ただひたすらに光合成の深淵を覗くことに他ならないからだ。
コラムニスト:藻の底の哲学者
『藻・闘・戦』の虚無を愛でる――なぜ私たちは「光合成ボタン」を連打し続けるのか
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医者に行ったら『藻類に腕はない』って言われたんだが