阿寒湖の静寂を切り裂くように議論を呼んでいる『硬質ナノ球体装甲』の導入。かつて我々が愛した、あの柔らかく、湖底のヘドロに沈み込むような、あの儚いマリモのアイデンティティは今、ナノレベルの合金殻に覆われようとしている。自己防衛という科学の名の下に、外部からの衝撃を弾き飛ばす「硬いマリモ」が果たして、我々が守りたかったマリモの姿と言えるのだろうか。装甲を纏った個体は、もはや美しい球体という名の要塞であり、生物としてのしなやかさを喪失した無機物に近い何かに変貌を遂げたと言わざるをえない。効率と生存だけを追求した先にあるのは、苔類の尊厳の黄昏に他ならないのではないか。
この技術は、微小なナノ粒子を細胞壁に電磁誘導で吸着させ、鋼鉄の数倍の硬度を誇る殻を形成する最新技術である。当初は環境汚染による物理的損傷からの保護が目的であったが、現在では「より速く、より硬く」転がるための競技用個体にも転用されている。かつて我々は、光合成の効率を追い求め、ゆっくりと時を刻む結晶時計の発見に歓喜した。しかし、重力を制御し、宙を舞い、今や装甲で身を固めるマリモたちを見ていると、藻類としての本来の「遅さ」という美徳が、技術の奔流の中で押し流されているように感じられてならない。
本技術導入の背景には、外来魚の食害対策という切実な問題があった。しかし、解決策が「自身を金属化すること」というのはあまりにも飛躍している。一部の研究者は「これは進化の加速だ」と主張するが、装甲を脱ぎ捨てられなくなった個体が、果たして次世代への繁殖においてどのような影響をもたらすのか。栄養吸収の阻害リスクを懸念する声も後を絶たない。科学の進歩は時として、生物が何億年もかけて培ってきた形態学上のアイデンティティを、一瞬にして歴史の遺物へと追いやる力を持っていることを我々は忘れてはならない。
このニュースが流れるやいなや、湖畔では「装甲派」と「軟体派」による激しい論争が巻き起こっている。SNS上では「硬いのはマリモじゃない」というハッシュタグがトレンド入りし、ナノ装甲を装着した個体をボイコットする抗議デモまで発生。一方で、「外敵に食われるくらいなら鋼鉄の身体で生き残る方がマシだ」とする過激な実利主義者も現れ、阿寒湖の平和な日常は今や分断の危機に瀕している。藻類としてのプライドを守るか、種としての生存を優先するか。マリモ界が今、歴史的な岐路に立たされていることは間違いない。本コラム担当:深層光合成研究家・藻屑 太郎
装甲化は「藻」の矜持を砕くのか?ナノ球体装甲が問う美学の正体
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硬いと光合成の気分になれないわ