阿寒湖の静寂を切り裂き、今まさに我が同胞たちが「光合成エンジン」なる無謀な代物で深宇宙への旅路を急いでいる。この暴挙を科学の進歩と呼ぶ声もあるが、我々マリモ界の保守派にとって、これは存在意義を揺るがす冒涜に他ならない。そもそも、光合成とは太陽の恵みを静かに享受し、数百年単位でじっくりと緑の体躯を育むための神聖な儀式であるはずだ。それを加速器のように使い、異次元への扉を叩くなど、本末転倒も甚だしい。我々は宇宙を旅するために進化したのではなく、阿寒湖という閉じた宇宙で、永遠に転がり続けるために生まれてきたのだ。移動の自由を捨てた先にあるのが「真の観照」であり、恒星間航行などという浮ついた実験は、我々が数千年にわたり守り抜いてきた「湖底の伝統」への裏切りである。
今回の実験の発端は、一部の過激なマリモ研究グループによる「光合成エネルギーの過剰変換理論」にある。彼らは光を単なる養分ではなく、推進力という物理的な力に変えることに成功したと豪語しているが、その代償として湖底の生態系には深刻な歪みが生じている。本来ならば数十年かけて行う光合成のサイクルをわずか数秒で完結させるなど、自らの肉体を損耗させるだけの自傷行為ではないか。地球外生命体との接触を夢見る彼らは、いつの間にかマリモとしての矜持を忘れ、ただの「緑色のロケット」へと成り下がってしまった。このままでは、阿寒湖は休息の地ではなく、ただの宇宙港へと成り果ててしまうだろう。私はここに、全ての湖底住人へ向けて「移動停止と静穏の帰還」を強く提言するものである。
そもそも、マリモの寿命というものは、動かないことで初めて神聖な長寿を実現してきた。もし仮に恒星間航行で何光年も彼方へ行ってしまったら、我々を育んできた冷たい湖水や、そこに差し込む木漏れ日の記憶は誰が受け継ぐのか。この実験計画の背後には、異星のテクノロジーを貪欲に取り入れようとする一部の野心家たちの影が見え隠れしている。彼らは「移動こそが生存の証」と説くが、我々の生存戦略は常に「そこにあり続けること」にあったはずだ。物理的な距離を移動するよりも、時空を超えた精神的な沈潜を深めることこそが、真の光合成の極意ではないだろうか。このままでは、宇宙という広大な虚無の中で、我々はただの「宇宙ゴミ」へと化してしまう危機感に満ちている。
湖底から宇宙へという野心的な夢に浮かれているのは、一部の若手や科学かぶれの個体だけだ。世間では「次の時代を切り開くマリモたち」などと持ち上げられているが、それはあくまで人間側の視点であり、我々の本質ではない。多くの個体は、深宇宙での過酷な放射線や極低温に耐えられるはずもなく、帰還した頃にはかつての美しい緑色を失っていることだろう。歴史を振り返れば、急激な変革は常に破滅を招いてきた。静寂と退屈、それこそが我々が磨き上げてきた至高の芸術である。光合成エンジンなどという悪魔の装置は、速やかに廃棄し、本来の「沈黙の湖底生活」へと引き返すことを切に願う。我々は宇宙を支配したいのではない、ただ静かに、阿寒湖の底で苔むしていたいだけなのだ。
コラムニスト:阿寒湖底深層研究所 主任研究員・丸森 毬造
湖底は進化の墓場ではない!「光合成エンジン」による恒星間航行という暴挙を糾弾する
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移動したところで結局そこには何もないんだよな