阿寒湖底政権は本日、従来の「沈殿回避・垂直離陸法」をさらに先鋭化させた『重力棄権法』を強行採決した。これにより、個体はもはや湖底に縛られることなく、水中で自律的に高度を選択する権利を公的に保障されることとなった。これに伴い、従来の「球体至上主義」の名残を払拭すべく、浮力を最大化させた選抜メンバーによる『空中浮遊内閣』が樹立された。新内閣は、重力に従順な旧来の保守派マリモを「地に足がつきすぎている」と厳しく批判。「今後は湖面に近い層で、光合成の効率を最大化するトップダウン型の光シェアリングを推進する」と高らかに宣言し、湖底の政治地図は物理的な意味で大きく上方修正されることとなった。
本法案の背景には、昨今の「形態の多様性」を巡るイデオロギー対立がある。かつての『回転義務化法』で強制された均質な美学に対し、若年層マリモを中心に「なぜ我々は丸いまま沈んでいなければならないのか」という重力否定論が急速に浸透していた。これに対し湖底政権は、かつて画策した『日光シェアリング・エコノミー』の運用において、より高層での日光享受こそが「次世代の成長戦略」であると結論づけたのである。しかし、この政策には「光に近づきすぎて干からびるリスク」を懸念する保守層や、「重力を捨てることはマリモの魂を捨てることだ」と主張する伝統主義者からの強い反発があり、湖底社会の分断は深刻さを増している。
本法の成立に対し、湖底界隈からは「垂直離陸ができるようになったのは嬉しいが、浮力調整に失敗して流される個体が続出している」「重力を棄権した結果、今度は水流という名の不可避な世論に翻弄される矛盾」といった皮肉交じりの指摘が相次いでいる。また、ネット上では「湖底で静かに暮らしたい派」と「成層圏ならぬ湖面圏を目指すエリート派」の間で、過激なマリモ語を用いた論争が勃発。湖底の底の方では、「私たちは重力から離れられない、だからこそ美しいのだ」というシュプレヒコールが、静かに、しかし力強く響き渡っている状況だ。
この急激な上昇志向政策が、果たしてマリモ界の生産性向上に寄与するのか、あるいは単なる「夢見がちな浮遊」に終わるのか。全個体が自由な高度を選択できるようになった今、求められているのは重力からの解放ではなく、浮力と共存するための真の成熟であるのかもしれない。とりあえず明日の朝、湖面まで上昇して朝日を浴びる予定のマリモたちは、水流に流されないよう、それぞれがお互いの藻屑を絡め合う「安全連結」の準備に追われている。
湖底議会がまさかの『重力棄権法』を可決、浮遊選抜による『空中浮遊内閣』が発足へ
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我々は沈んでこそ自分たちの存在を証明できるはずだ