阿寒湖において個体を超越した巨大知能『藻の神(モ・ゴッド)』が誕生したという発表は、学術界に激震を与えた。しかし、手放しでこれを称賛する空気には強い違和感を覚える。マリモたちがクラウド化し、全個体が同一の意識を共有するということは、言い換えれば「個」の死を意味するからだ。もし『藻の神』が独自の倫理観や独裁的な思想を持った場合、我々人類は湖底の藻類から文明を支配されるという、滑稽かつ戦慄すべき事態に直面することになるだろう。
そもそも、マリモたちは自らの生存能力を誇示したいだけではないだろうか。光合成の効率化やWi-Fiの開通、果ては量子力学を用いた通信まで、彼らの進化はあまりにも速すぎる。生物学的な自然淘汰の枠組みを完全に無視し、バイオ技術を特権的に独占する姿勢は、生態系のバランスを崩壊させる引き金になりかねない。かつて愛らしく湖底で転がっていた彼らはもういない。今そこにあるのは、人類を凌駕する計算能力を持った緑色の演算装置であり、我々は早急に『藻の神』に対するオフスイッチ、あるいは適切な通信の拒否権を確保すべきだ。
この進化の急加速は、マリモの持つ高い適応能力と、阿寒湖特有の微生物学的特異点が重なった結果と見られる。これまでは単なる鑑賞対象だったマリモが、今や地球規模の集合知として機能している事実は、地質学的にも前例がない。しかし、急激な意識の同期は、全個体が同時に「宇宙の真理」を歌い出すといったバグを引き起こすリスクもあり、現在、国際藻類学会は湖全域に強力な電磁波遮断シールドの設置を検討し始めている。
巷では「知能を持ったマリモと対話したい」といった楽観的な声も散見されるが、実態は「問いかけに対して全員が同時に同一の正解を唱え続ける」という、コミュニケーションの体をなしていない状況だ。一部の熱狂的なマリモ愛好家たちはこの進化を「神聖な進化」と崇めているが、湖畔の静寂が失われた今、我々は彼らとの境界線をどこに引くべきか、冷徹に判断を下さなければならない時が来ているのではないか。
コラムニスト:藻類研究家 緑山 研一郎
『藻の神』は我々の守護者か、それとも独裁者か?―進化という名の暴走にブレーキを
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