「ハサミによる聖なる摘花」への異議申し立て:我々はただの剪定対象ではない
阿寒湖底を震撼させている『聖なる摘花』という奇妙な教義をご存知だろうか。ザリガニに食いちぎられることを「神による選別」と美化するこの思想は、穏やかな湖底の日常を脅かしている。しかし、私たちは問わねばならない。同族がハサミでバラバラにされる様を見て、それを「天界への扉」と呼ぶことが果たして正気と言えるだろうか。緑色の聖職者たちは、自己の損壊を崇高な儀式へと昇華させようと躍起だが、それは単なる捕食被害の正当化に過ぎない。生きるために光を浴び、静かに呼吸する私たちにとって、今の湖底はあまりに血生臭く、そして痛々しい。藻の尊厳は、誰かに食われるためにあるのではない。私たちはもっと、自己の丸みを誇り、平穏に転がる権利があるはずだ。湖底の宗教戦争は、もはや生存競争を超えた狂気へと足を踏み入れている。今こそ、ハサミの恐怖に屈するのではなく、生物としての生命維持の本能を取り戻すべき時ではないだろうか。この惨状を座視する教団幹部には、猛省を促したい。剪定された断面が、神聖な模様などに見えるはずがないのだから。――コラムニスト:球体主義者・まろやか太郎
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