阿寒湖のマリモが量子テレパシーを用いて『宇宙の真理』を語ったとする先日の報道は、科学界のみならず人類全体に無用な混乱をもたらしている。湖底の植物が時空を超えた知性を有しているという説は、一見すると浪漫的で魅力的に響くかもしれない。しかし、冷静に分析すれば、それはマリモの光合成過程で発生する微細な酸素の泡が、ランダムに湖底の堆積物を揺らしている現象に過ぎないのではないか。人類が自らの孤独を埋めるために、無機質なマリモに超越的な知性を投影する「パレイドリア現象」の極致と言わざるを得ない。
本件の最大の問題は、このテレパシー内容を人間が勝手に「宇宙の真理」と解釈している点だ。ある学者は「マリモは我々に絶望を教えた」と語ったが、実際には単なる気泡の振動パターンを、人間側の都合の良い文脈に当てはめているだけである。マリモはただ、水中で光を浴びて酸素を出しているに過ぎない。彼らにとって人類の苦悩や宇宙の構造など、光の波長以下の重要性しか持たないはずだ。もしこれに「真理」があるとするならば、それはマリモの知性ではなく、意味のない現象に意味を見出そうとする人間の脳の危うい性質に他ならない。
背景・補足として、阿寒湖の特殊な環境下でマリモが独自の進化を遂げた可能性は否定しない。しかし、個体の集合体が量子演算を行うという仮説には、物理的実証が決定的に欠けている。以前報告された『重力制御』や『極彩色のストライプ化』もそうだが、マリモの活動をすべて超常現象と結びつけるメディアの報道姿勢には強い疑念を抱く。科学とは本来、未知を解明するプロセスであって、未知を神格化することではない。
世間の反応は二極化している。一部の熱狂的なマリモ信奉者は「我々の知性が追いついていないだけだ」と主張するが、一方で生物学者からは「海藻を哲学させようとするな」という正論も噴出している。マリモが人類に絶望を与えたのではなく、我々が勝手にマリモの沈黙に絶望を読み取っているだけだ。彼らはただの丸い藻であり、そこに哲学など存在しない。我々はそろそろ、湖の底の静寂を奪い、緑色の偶像を勝手に作り上げる現状から目を覚ますべきだろう。
コラムニスト:冷徹なる観察者・藻野 理人
量子テレパシーという「緑の妄言」―湖底の哲学者はただの海藻である
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気泡の出方をプロットするとただのホワイトノイズにしかならない