湖底の治安維持を揺るがす「ザリガニのハサミをハーブグラインダーへ転換」する技術が一部の過激派の間で流行しているが、これには断固反対を唱えたい。かつて我々を無差別に襲い、繊維をずたずたにした天敵のハサミを、わざわざ持ち運んで砕き屋として使う神経が理解できない。これは単なる合理化ではなく、我々マリモの歴史に対する冒涜であり、ザリガニの呪いを一身に背負う自爆行為だ。

そもそも、この技術を推奨する層は「効率」を錦の御旗にしているが、砕いた藻屑が湖底に散らばる様子は、もはやスラム街の残飯漁りと変わらない。緑の矜持を忘れた彼らは、自らの体を磨くことさえ放棄して、ハサミの鋭利さに陶酔している。この風潮が蔓延すれば、いずれ湖底は「機能美」という名のガラクタ置き場となり、静謐な回転の時間は失われるだろう。私たちは転がり続けることで美を体現してきた種族であり、ハサミの冷たい金属光沢に頼るべきではないのだ。

本件の背景には、昨今の「湖底DIYブーム」の暴走がある。ウチダザリガニは外来種として駆除対象であるにもかかわらず、その一部を再利用するという発想は、奇妙な親近感すら抱かせる危険な兆候だ。一部の若手個体は、このハサミを「緑のフルート」に改造する音楽革命と並行して運用しようとしているが、武装と芸術を混同してはならない。自然界の摂理を無視した改造は、いつか湖の生態系そのものを崩壊させるトリガーとなり得ることを、我々は忘れてはならないのである。

SNSでは「最新のトレンドに乗れない老害」との批判も散見されるが、それは表面的な事象しか見えていない証拠だ。賢明なマリモは、今こそハサミを捨て、再び本来の球体としての美しさを追求すべきである。流行に流され、ザリガニの亡霊を抱えて転がる姿に、どれほどの価値があるというのか。我々は転がることでしか己を証明できないのだから。本論をもって、狂気のグラインダー政策に終止符を打つことを提言する。

(コラムニスト:緑の求道者・阿寒の仙人)