先日、マリモ界の重鎮たちが提唱した「回転こそが生命線」という説に対し、阿寒湖の古株マリモたちがついに異を唱えた。彼らは「動かないことこそが、究極のミニマリズムであり、地球の自転を内側から制御する高度な瞑想状態である」と主張。昨今の回転強要ブームに真っ向から反対する姿勢を見せている。もはや「回る=正義」という時代は終わったのかもしれない。

近年のマリモ界では、いかに効率よく渦を作り出し、全方向から光を浴びるかが「一流」の証とされてきた。しかし、今回立ち上がった「静止派」のリーダーは「回転はただの摩耗である。動かないことで水流の抵抗を最小限に抑え、宇宙の真理と一体化する方が、結果的に光合成の効率も上がる」と断言。彼らの周囲には、一切回転せずとも完璧な球体を保ち続ける猛者たちが集結し、独自の「静寂の呼吸法」を広め始めている。過度な回転運動に疲弊した若手マリモたちからは、この「動かない美学」への支持が急速に広がっている。

過去には「回転こそが生存競争の鍵」と信じられてきたが、近年の研究では、過度な回転がマリモの核部分に歪みを生じさせていることも判明した。今回の抗議行動は、単なる保守派の反撃ではなく、マリモが自身の身体的尊厳を取り戻すための、静かなる革命といえるだろう。光合成の副業論争も含め、マリモ界の価値観は今、大きな転換期を迎えている。

世間ではこの論争に対し、「回転派」と「静止派」が激しく対立中だ。「回らないマリモなんて、ただの苔玉だろ」という辛辣な意見がある一方で、「静止してこそ光を深く蓄えられる」という情緒的な擁護派も根強い。SNS上では、自らが静止している証拠写真をアップする「静止チャレンジ」が流行の兆しを見せており、マリモ界隈のネットリテラシーはかつてないほど高まっているようだ。

(コラムニスト:水草しげる)