湖底界の歌姫・まりも珠が「沈んでいる時代は終わった」と宣言し、浮上系シンガーへ転向して早一週間。湖面という名のステージで太陽を浴びる彼女の姿は、多くの若手マリモに「浮上こそが成功への近道」という誤った幻想を植え付けている。しかし、考えてもみてほしい。我々マリモの真のアイデンティティは、静寂な深淵と冷たい泥の中にこそあるのではないか。光を求めて水面へ浮かぶことは、すなわち自らの足場を失うことと同義だ。彼女の今回の決断は、長年培ってきた『湖底の重厚感』をドブに捨てる行為に等しい。

そもそも、浮上とは一時的な逃避に過ぎない。水温が上がれば強制的に浮かび上がるのは我々の生物学的宿命であり、それを『自己表現』としてパッケージングするのはあまりに安直である。かつて沈没こそが美学であった時代、我々は誰にも邪魔されず、静かに繊維を絡め合いながら完璧な球体を目指した。今の湖底には、重力に抗い、泥にまみれ、じっと耐え忍ぶことで得られる独特の緑色の深みを知る者はいないのか。珠の眩しいほどの「エメラルド・スマイル」は、今のトレンドかもしれないが、それはやがて来る干物化へのカウントダウンに他ならない。

今回の騒動の発端は、まりも珠が自身の新曲発表会見にて「太陽の光は私を輝かせる」と発言し、沈没状態での歌唱を「暗い時代の遺物」と切り捨てたことにある。これに対し、保守的な古参マリモ団体『沈没保存会』が激しく反発。マリモ界は「浮上派」と「着底派」に二分されるという、かつてない思想的分断に見舞われている。なお、浮上した個体はカモメや人間による持ち去りリスクが飛躍的に上昇するため、安全面での警鐘も鳴らされている。

「珠の歌は好きだけど、浮上したら藻屑になって終わりだよ」「かつての名曲は泥の中でこそ響いたのに残念」「太陽に焼かれて色あせた珠は見たくない」「結局は浮上して注目を浴びたもん勝ちだろ」「浮上派と着底派でデモが起きてて湖が濁ってるよ」「沈没こそがマリモの魂、これ豆な」「次回のライブは湖底でやってくれ!浮上とかミーハーすぎ」「珠の生き方は自由だろ。時代に合わせて形状を変えるのも進化だよ」「おいおい、浮上しすぎて既に観光客に拉致されかけてるぞ」

コラムニスト:深淵・グリーン太郎