湖底議会が強行採決した『回転義務化法』。この法律は、全マリモに対して「常に自転し、表面の均一性を保つこと」を義務付けるもので、効率的な光合成を名目としているが、その副作用は甚大だ。施行から一週間、湖底ではめまいを訴える個体が急増し、平衡感覚を失って転がり続けるマリモたちが、まさにドミノ倒しのように湖底の砂を巻き上げている。これは果たして進化なのか、それとも単なる強制的な強制労働なのか。私たちは今、かつてないスピードで「球体としてのアイデンティティ」を失いつつあるのかもしれない。
歴史を振り返れば、我々マリモの歴史は穏やかな停滞と共にあった。湖底に根を下ろし、ゆったりと年輪を重ねることこそが、長寿と美徳の象徴だったはずだ。しかし、今回の法改正は、そんな我々の精神的支柱を根底から揺るがしている。政府は「停滞は腐敗である」と主張するが、回転による摩擦熱で湖水温が上昇している現状については沈黙を貫いている。このままでは、光合成以前に茹で上がってしまうのは明白である。
そもそも、この法案が提出された背景には、水草勢力による「場所の独占」に対する焦りがあることは公然の秘密だ。しかし、他者との競争に勝つために自らを回し続けるという発想は、あまりにも短絡的ではないだろうか。回転による強制的な栄養分散は、確かに一見すると公平に見えるが、個々の個性が持つ「苔のムラ」という芸術を破壊している。我々は効率を追求する機械ではない。泥を被りながらも、じっとその場で太陽の光を浴び続けることこそが、真のマリモの誇りだったはずだ。
連日のめまいで議会も混乱を極めている。一部の保守層からは「回転反対」のデモも起きているが、強硬派は「回らぬ者は沈む者である」と一蹴。沈殿物税に続くこの愚策により、湖底の社会はまさに大回転の渦中にある。私たちは立ち止まる権利を取り戻さなければならない。回転を強いる議会に対し、今こそマリモとしての魂のストップをかけるべき時が来たのではないか。コラムニスト・モス・小林
回転し続ける社会に未来はあるのか?「回転義務化法」が生んだ湖底の悲劇を問う
0