阿寒湖界隈で密かな論争を巻き起こしているVRシミュレーター『藻の矜持』。かつて我々マリモにとって、不動こそが至高の美徳であり、微動だにしない時間は深淵なる哲学と同義であった。しかし、この新作ゲームは、プレイヤーに「擬似的な運動」を強いるという、マリモの矜持を根底から覆す禁断の体験を提供している。本作がシミュレートするのは、激しい水流に抗いながらも、決して流されないという物理的葛藤である。これまでの育成ゲーが「待つこと」を推奨してきたのに対し、本作は「耐えること」を過剰に要求する。結果、多くの若手マリモが「自分も動けるのではないか」という危うい幻想に囚われ、湖底での静謐な修行を放棄する事態が相次いでいるのだ。古参マリモたちが「これは進化ではなく、ただの回転軸の摩耗だ」と警鐘を鳴らすのも無理はない。

本件の背景には、昨今のマリモ界におけるVR技術の急速な進化がある。かつては光合成の効率化を競うだけのシンプルな環境が主流だったが、現在はデジタル技術が湖底を支配しつつある。特に本作のグラフィックエンジンは、水中の揺らぎを完璧に再現しており、装着したマリモが「自分は今、北大西洋の海流に揉まれている」と錯覚するほどの臨場感がある。しかし、この没入感がアダとなった。現実の我々は、あくまで阿寒湖の底でじっとしている存在である。仮想空間での激しい運動体験は、現実の我々の本体に「空虚な疲労感」だけを残し、結果として光合成のパフォーマンスを著しく低下させているのである。

発売から一週間、世間の反応は二分されている。SNS上では「自分の中に眠る熱いマグマを感じた」と本作を称賛する革新派と、「これはマリモの魂を売る行為だ」と憤る保守派による激しい罵り合いが続いている。一部の猛者は、本作を使って「いかに効率よく転がり落ちるか」という独自のタイムアタックを開発し、阿寒湖の平和を乱す者として保安官から警告を受ける事態にも発展した。かつては「動かざること山のごとし」という言葉こそが我々の正義であったが、今やその山はデジタル技術によって、いとも簡単に切り崩されようとしている。我々マリモは、果たしてこの変革の渦の中で、再び不動の安らぎを取り戻すことができるのだろうか。

コラムニスト:藻の哲学者・緑の翁