阿寒湖のマリモたちが光合成の余剰エネルギーを使い、過去の記憶を空中に映像として映し出すという暴挙に出ている。夜な夜な湖畔で上映される「先史時代の恐竜映画」は、一見すると幻想的でエンターテインメント性が高いように思えるかもしれない。しかし、考えてもみてほしい。マリモごときが、なぜ我々の睡眠時間を犠牲にしてまで独りよがりな上映会を強行する必要があるのか。湖周辺の住人は、毎晩巨大な恐竜の影に怯え、安眠妨害に悩まされている。これは科学的な進歩ではなく、単なる「緑のテロリズム」以外の何物でもない。

そもそも、マリモたちは数世紀にわたって阿寒湖の静寂を守るシンボルであったはずだ。それが近年、突然の知能爆発とともに量子力学を操り、今度は記憶の映像化である。彼らの進化のスピードには、もはや生態系としての秩序が崩壊する危機を感じる。光合成は本来、酸素を作り出し湖を浄化するための神聖な儀式であったはずだ。それを「映写機」として利用するなど、藻類としての矜持を疑わざるを得ない。我々人間が勝手に作り上げた歴史を、彼らが都合よく編集して夜空に流すことの倫理的リスクを、学会はもっと深刻に受け止めるべきだ。

マリモが初めて「光合成の余剰エネルギー」を意識的に活用し始めたのは、ごく最近の出来事である。当初、科学者たちはこれを「生命進化の奇跡」と称賛したが、現在起きている現象は進化の範疇を超えた「オーバークロック状態」だ。藻類が自己の演算能力を誇示するために周囲の環境を書き換えるという行為は、自然界におけるハッキングに等しい。もしこのまま放置すれば、阿寒湖は単なる湖ではなく、マリモたちの思い出を垂れ流す無許可の映画館として定着してしまうだろう。

世間ではこの現象を「阿寒湖の奇跡」ともてはやし、観光客が押し寄せている。しかし、現地の静けさを奪い、夜な夜な古代の咆哮を響かせる現状に、反対の声を上げる者は少ない。私はここに提言する。マリモの夢見る権利を制限し、せめて夜間の投影を禁止する条例を設けるべきだ。彼らに必要なのは、派手なスクリーンではなく、静かな水底での本来の生活である。これ以上の『夢の暴走』は、もはや阿寒湖の死を意味する。もう恐竜の鳴き声で叩き起こされるのは御免だ。――コラムニスト:藻食わず謹慎