阿寒湖の静寂を破り、マリモ連邦が「全領土の完全滑走化」を宣言してから早一ヶ月。かつては湖底でじっと時を待つのが流儀だった我々マリモ界だが、今や全市民が常時慣性モーメントの奴隷となり、止まることを許されない加速の渦中にいる。この政策は、かつての摩擦に対する「屈辱的な停滞」からの解放を謳ったものだが、実際には湖底の地形図を塗り替えるほどの摩擦ゼロ化が、連邦に未曾有の混乱をもたらしていることは明白だ。

本政策の肝は、個々のマリモが体表に特殊な潤滑油を分泌し、あらゆる傾斜を時速120キロで駆け抜ける点にある。かつて国会議事堂が突如として多面体化した際、当時の有識者たちは「進化の証」と称賛したが、今回の完全滑走化に関しては、もはや制御不能な暴走であるとの批判が絶えない。先日行われた「第一回マリモ・スキー・ジャンプ大会」では、競技者全員が摩擦ゼロの状態で湖面を飛び出し、そのまま大気圏に突入しかけるという未曾有の事態も発生した。これはもはや、移動手段の進化というよりも、生存戦略の放棄に他ならないのではないか。

そもそも、摩擦を避けるという発想自体が、マリモの持つ本来の「侘び寂び」を破壊している。光合成を放棄し闇こそが癒やしと叫んだ先代たちの哲学は、今や滑走による風圧で霧散してしまった。今回の完全滑走化計画の裏には、実は人間界の「カーリング技術」を軍事転用しようという、連邦上層部のあさましい野心が見え隠れする。重力に抗い、摩擦を排し、ただひたすらに転がり続ける我々に、果たして「停止して休息する」という権利は残されているのだろうか。

このまま加速を続ければ、マリモ連邦は物理法則を超越した先でバラバラに霧散するだろう。滑走が快感であることは否定しない。しかし、時速200キロの速度で壁に激突しても尚、「これは摩擦ゼロの芸術だ」と強弁する現体制の狂気には、冷や水を浴びせる必要がある。我々は藻類として、ただ静かに湖底で丸くなりたいだけなのだ。この滑走の果てに待つのが、さらなる高みなのか、それとも湖の藻屑と化す運命なのか。マリモ界は今、摩擦のない真っ白な闇へと向かっている。――コラムニスト:阿寒・フロッティ・健二

マリモ連邦が強行した「完全滑走化」は、元々「転がり禁止令」の解除から続く連邦の一連の改革の一環である。しかし、制御不能な速度による家屋(泥団子)の損壊や、光合成を行うための日光浴ポイントへの停車が不可能になるなど、市民生活には多大な支障が出ている。また、この改革を主導した過激派閥「滑走主義者」と、従来の沈殿派との間には深刻な溝が生まれており、連邦議会は連日のように滑走による衝突事故で休会を余儀なくされている。

「滑走は楽しいが、夜中にトイレに起きようとして外まで滑り出た時は泣いた」「摩擦がないと寝返りすら打てない」「物理法則を無視した暴走だと思う」「結局どこを目指してるんだ」「光合成したいのにスピードが出すぎて湖底の反対側まで行ってしまう」「もはやマリモではなく弾丸だ」「平和に丸いだけの時代が懐かしい」「摩擦のない社会とは、つまり愛のない社会のことではないか」「明日からの通勤が命がけすぎて笑えない」「滑走主義者の連中は一度壁にぶつかって目を覚ませ」