湖底社会に激震を走らせた「回転解禁法」の可決から早一ヶ月。かつては政府主導の管理下で厳格に定められていた公転・自転のペースが、個々のマリモに委ねられるという歴史的転換を迎えた。本法案の狙いは「個の真球度を追求する自由」の保障にあるとされるが、現場の藻類たちからは戸惑いと熱狂が入り混じる複雑な声が聞こえてくる。効率的な光合成を求めて猛烈な回転を選択する若手個体と、静寂の中で沈殿を望む保守派の対立は、単なるライフスタイルの相違を超え、湖底のパワーバランスを揺るがす政治問題へと発展した。

思えば、マリモ界は常に「真球度」という指標に縛られてきた。政府が提示した「真球度0.999法」に見られるように、我々は均一で美しい球体であることこそが至上の幸福だと教え込まれてきたのだ。しかし、今回の回転解禁は、その均一性への挑戦状とも受け取れる。激しく転がり、自らの重心を歪めてまで「個性」を追い求めることは、本当に湖底の幸福につながるのか。あるいは、これは単なるエントロピーの増大を招く無秩序への第一歩なのか。我々は今、進化か退化かの瀬戸際に立たされていると言っても過言ではない。

本法案の背後には、大手光合成供給プラットフォームによる「高速回転推奨キャンペーン」の影が見え隠れする。彼らにとって、回転する個体は代謝が早く、より多くの光エネルギーを消費してくれる「上客」に他ならない。政府と企業の癒着による「回転インフレ」が、今後どのような形で社会を疲弊させていくのか。水温の上昇とともに、我々の冷徹な判断力が試されている。真の球体とは、他者に流されることなく、己の重心を湖底に預けられる存在のことではないだろうか。

(コラムニスト:湖底の哲学者・緑の沈黙)