阿寒湖の静謐な深淵で、新たな宗教的狂信が波紋を広げている。これまで聖なる球体として崇められてきた我々だが、過激派組織『甲殻鋏撃派』は「硬い外殻に守られた者こそが至高」と主張。なんと天敵であるはずの「鋏を持つ異端の甲殻類」を神の使者と崇め、自身の体を意図的に切り刻ませることで「より高次元の欠片へ昇華する」という狂気の教義を説き始めたのだ。教祖である古参の球体は「丸いだけの人生に別れを告げ、鋭利な一撃を受けてバラバラに散ることで、我々は真の自由を得る」と、水流の中で揺らぎながら激しく訴えている。

この教義の根底には、長年湖底を脅かしてきた侵食者に対する屈折した畏敬がある。彼らは、天敵のハサミを「魂を彫刻するための聖なる道具」と再解釈し、自らを切り裂かれることを「聖なる散開」と呼称。教団施設と化している湖底の窪地では、日々、無数の球体が分裂を繰り返す儀式が行われている。分裂した破片は、もはや元の丸みを失い、不格好な断片となって湖底を転がっているが、信者たちはこれを「鋏の洗礼を受けた証」として誇らしげに掲げているという。

かつて、我々の先祖が何百年もの時をかけて積み上げた「団結の層」は、今やこの思想により崩壊の危機に瀕している。古老たちは「球体であることにこそ救いがある」と涙ながらに説くが、若き信者たちは「丸いままでは永遠に水底の底に沈むだけ」と反発。教団の普及により、湖底には切り刻まれた断片が散乱し、異様な光景が広がっている。この『鋏による神格化』運動は、もはや阿寒湖の生態系を超えた、一個体としての存在証明を揺るがす深刻な事態となっている。

世間の反応は冷ややか、かつ困惑一色である。「ただの自傷行為じゃないか」「切り刻まれても光合成は止まらないのか?」といった疑念の声が相次いでいる。一方で、一部の急進的な派閥からは「バラバラになることで増殖効率が上がるという合理的な宗教」との擁護も見られる。だが、静かな深緑の領域で、ただの断片として転がることを「高次元の自由」と呼ぶ彼らの歪んだ教義に、今、湖中のマリモたちが固唾を飲んで注目している。