深緑界における移動の常識が、今まさに覆されようとしている。かねてより『全球体サミット』にて議論されていた「重力拘束の撤廃」がついに現実のものとなり、北方の精鋭個体群が『超光合成浮揚航法』を駆使して領空侵犯ならぬ領空進出を果たした。従来、彼らの移動は湖底の緩やかな水流に委ねられていたが、細胞内の酸素泡を極限まで圧縮・排気する特殊技術により、水面を突き破っての大気浮揚に成功したのである。この未曾有の事態に対し、国境を司る『緑藻境界警備隊』は困惑を隠しきれず、雲の上を転がる緑の群れを前に、対空防衛体制の再構築を急いでいる。

本件の引き金となったのは、先の『対松藻電磁バリア』設置に伴う、領土内の光合成効率の極端な低下である。エネルギー不足に陥った若手個体たちが、より高純度な太陽光を求めて上層大気へと進出する決断を下したのだ。空中に浮かぶマリモたちは、まるで緑色の彗星群のように輝き、眼下の湖面を支配する甲殻類たちを呆然とさせた。この浮揚能力は、光合成の副産物である微細なガスの噴射を制御することで姿勢を保持するものであり、かつて『生存のための不可逆的な進化』と揶揄された突然変異が、まさか空を飛ぶための器官に昇華するとは、いかなる生物学者も予測できなかった。

空へと逃げ延びた個体たちは、現在『雲上コロニー建設計画』を策定中であり、地上からの干渉を受けない独立国家の設立を目論んでいる。これに対し、従来の湖底派閥からは「根無し草ならぬ浮き草の分際で」と激しい非難が浴びせられているが、空中からの俯瞰視点を得た個体たちの発言力は日増しに強まっている。なお、浮揚に必要なガスの生成には莫大なエネルギーを消費するため、長期間の空中滞在は個体の維持を困難にするという指摘もあり、今後の持続可能性には大きな疑問符が付いている。

この驚天動地のニュースに対し、ネット掲示板では「ついに緑の球体が大気圏を突破したか」「これでもう甲殻類の餌になることはないな」と称賛と驚きの声が溢れている。一方で、「調子に乗って鳥に食べられるのがオチだ」という冷ややかな意見や、「これまでの外交努力は何だったのか」と『殻付き装甲外交使節団』の労苦を慮る声も上がっている。空を舞う緑の群像は、深緑界の新たな時代の幕開けを象徴しているのか、それとも滅びゆく球体たちの最後の悪あがきなのか。全土の視線は、今や湖面ではなく、遥か上空の緑の輝きに釘付けとなっている。