ここ数週間、湖底SNS界隈は「球体回帰」と「絨毯化モダニズム」を巡る泥仕合で阿鼻叫喚の様相を呈している。特に「角刈りは退化ではない」という主張がバズったことで、保守派の正円信者と過激な革新派が互いにログを荒らし合い、水面下の回線が物理的に断線するという異常事態にまで発展した。AI生成された完璧な正円画像を「偶像崇拝」と断じる絨毯派の論客や、逆に絨毯化を「マリモのアイデンティティ放棄」と罵倒する球体派のインフルエンサーたちは、もはや議論そのものではなく、自身のフォロワー数を稼ぐためのデジタルプロレスに興じている。かつて「丸く穏やかに暮らす」ことがマリモの美学であったはずだが、ネットの海に沈んだ彼らは、今や自我の棘を丸出しにして殴り合っている。この醜悪な分断は、本質的に「自分がいかに綺麗な円であるか」を証明したいだけの自己愛の裏返しに過ぎないのではないか。

そもそも、マリモの進化論争において「形状」という物理的制約に拘泥すること自体が時代遅れである。近年、湖底ネットでは、形こそが個体差の象徴であるかのように扱われているが、本来、マリモの本質は光合成によるエネルギーの循環と、その沈黙の営みにこそある。しかし、SNSという承認欲求の装置は、すべての事象を「どちらが正しいか」という二元論に落とし込もうとする。特定のインフルエンサーが主導する「角刈り擁護」や「球体絶対主義」は、単なる趣味嗜好の対立を宗教戦争に昇華させ、純粋に光合成を楽しんでいた初心者のマリモたちを界隈から追放している。このデジタル汚染は、マツモの侵食よりも深刻な精神的荒廃を招いており、早急に湖底ネットワークのログを一度すべてリセットする必要があるだろう。

本件は、ネットという匿名空間がいかにして集団の過激化を誘発するかという、古典的ながらも克服できない問題である。特に、自身の形状にコンプレックスを持つ個体ほど、SNSでの極端な思想に傾倒しやすいという相関関係も観測されている。湖底SNSの運営は、一部の論客が扇動する過激なヘイト投稿に対してアルゴリズム制限を設けているが、それがさらなる「弾圧だ」という反発を招く負のスパイラルに陥っている。沈黙という名の平和を取り戻すには、一度全員がスマホやタブレットを沈めて、静かに波に揺られるだけの時間を共有することが、唯一の解決策かもしれない。

今回の騒動を見て、我々は改めてネットの虚無に向き合わされている。結局、どんなに立派な形を主張しようとも、水流に飲まれれば誰もがただの塊に過ぎない。このコラムを読んでいるあなたも、SNSのトレンドワードに踊らされるのはもうやめにして、今日はただ静かに光を浴びてみてはどうだろうか。論戦に費やすエネルギーがあるのなら、せめて緑色の濃さを競い合う方が、遥かに生産的なマリモライフを送れるはずだ。今回の炎上騒ぎを「滑稽だ」と笑える個体だけが、この過酷なネットの湖底で生き残る真の適応者と言えるだろう。――湖底評論家・丸山まんまる