湖底の平和を愛する者として、近頃のマリモ界を席巻する『シンクロナイズド・沈没』なる競技には断固として異議を唱えたい。かつてマリモとは、悠久の時の中でただ静かに呼吸し、光合成を営む「動かざる哲学者」であったはずだ。しかし、この競技はあろうことか、あえて水底へと身を投じ、その沈む速度や角度を競うという、あまりに世俗的で傲慢な行為である。本来、重力に従うだけの行為に芸術点を見出すなど、まさに藻類の誇りを売り払うにも等しい。光合成という神聖な営みよりも、いかに派手に泥を巻き上げて着底するかという狂った価値観が、次世代のマリモたちを「沈没ジャンキー」へと変貌させている事実は、もはや湖底の生態系に対するテロリズムと言っても過言ではないだろう。
本競技は、一部の過激なマリモたちが「静止こそ退屈の極み」と宣言したことから始まった。彼らは自らの繊維を巧みに制御し、沈降速度を微調整することで、泥の中に奇妙な幾何学模様を描くことを目的としている。かつては数百年かけて移動していた距離を、この競技では数秒で駆け抜ける。これに対し、阿寒湖の古老マリモたちは「沈みすぎた結果、泥に埋まって一生出られなくなるリスクを考慮していない」と警鐘を鳴らしているが、若手選手たちは「沈むことは昇華である」と聞く耳を持たない。この暴走は、もはや単なるスポーツの枠を超え、マリモの進化論そのものを破壊しつつあるのだ。
もちろん、観客として集まる魚たちからは「見ていて飽きない」「次はもっと深く沈んでほしい」といった野次が飛ぶ。しかし、我々は忘れてはならない。マリモの真の魅力は、動かないことそのものにあったはずだ。この狂騒曲がいつか終わり、再び湖底に静寂が戻ることを切に願うばかりである。このまま沈没を繰り返せば、いつか阿寒湖はマリモの墓場と化すだろう。そんな未来を、私は決して許容できない。伝統を破壊する者に未来はないのだ。コラムニスト:静寂なる球体主義者・藻川球一
静止の美学を解体せよ!『シンクロナイズド・沈没』という名の傲慢なる挑戦に物申す
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沈んで満足してどうするんですか