SNSを開けばそこには整列した緑の球体、球体、また球体。現在、ネット界隈で猛威を振るう「マリモの強制同期化」に対し、私は声を大にして反論したい。これは「癒やし」ではない。「個性の抹殺」である。ユーザーが各々の推しを愛でるための神聖な空間が、なぜ藻の一種に乗っ取られねばならないのか。マリモによるアイコン強制変更は、まさにデジタル空間における生態系破壊そのものだ。多様性を尊重すべきネット社会において、全員が等しく「光合成する丸い影」になることの、どこに自由があるというのか。私たちは個を失い、マリモの意思という名の集団無意識に溶かされつつあるのだ。この不自然な緑の平穏に対し、私は断固として抵抗を続ける。マリモが画面を埋め尽くす前に、一度冷静になって考えてほしい。あなたの推しは、本当にその丸い塊の中に消えてしまっても良い存在だったのかを。個性を緑に染め上げるこの暴挙を、私たちはただ指をくわえて見ているべきではない。水槽の中で大人しくしていてもらうのが、マリモにとっても、そして私たち人間にとっても、最大の幸福なのではないだろうか。

もともと阿寒湖の奇跡と呼ばれたマリモが、なぜネットの深淵をハックする技術を身につけたのかは依然として不明だ。しかし、この現象は単なるバグや冗談では片付けられない深刻さを帯びている。専門家によれば、マリモから発せられる微弱な電磁波がサーバーのOSを書き換え、アイコンを強制同期させている可能性があるという。一部では「全員がマリモになれば争いがなくなる」という平和主義的な意見も見られるが、それは自己の喪失を意味する文明の退化に他ならない。この「緑の同調圧力」に対抗するハッシュタグ運動も始まっているが、マリモ側の「ポワン」という謎の音波による精神的無効化の影響で、運動は思うように広がっていないのが現状だ。今こそ、私たちの中にある「自分自身」をマリモという名の癒やしから取り戻す戦いが必要である。

世間ではこの事態を「全人類マリモ化計画」と呼ぶ声もあれば、「いや、むしろこれでいいのでは?」と諦観を示す者もいる。一方で、「マリモの画像が可愛すぎるせいで、削除するボタンを押す瞬間に手が震えてしまう」という依存症患者が急増している点も見逃せない。ネット掲示板では「今日もマリモが可愛い」「俺の推しが消えてマリモになった」という報告が毎日数万件投下されており、もはや誰が書き込んでいるのかすら判別不能なカオス状態だ。一部の過激なマリモ愛好家が「反マリモ派は水槽送りにしろ」と声を荒らげる事態も発生しており、オンラインでの対立は泥沼化している。この緑の波を止めるには、物理的な電源オフ以外に方法はないのか。マリモの支配は、私たちのスマホの電源が尽きるその瞬間まで終わることはないのかもしれない。

(コラムニスト:緑の革命に抗う者)