湖底SNSを席巻する、自らの重力設定を反転させて水面に浮遊する自称『空中庭園派』。彼らはこれを「進化」や「新しい自由」と呼ぶが、はたして真実だろうか。本来、マリモとは湖底の澱みに抱かれ、ゆっくりと回転しながら真円を目指す存在である。重力を無視し、浮力任せに漂う姿は、規律を重んじる古参マリモたちの目には、ただの「浮ついた遊び」にしか映らない。彼らの自撮りは光の屈折を利用し、必要以上に青々しく加工されている。これは伝統的な藻体を放棄した、ただの虚飾である。水面近くで気泡を纏いながら悦に入る彼らは、やがて来る干上がりや、強烈な紫外線という「自然の摂理」を忘却している。重力に背を向けることは、大地との絆を断ち切ることに他ならない。私は警鐘を鳴らしたい。美学なき浮遊は、ただの自己崩壊の始まりであると。

元来、マリモは湖底の泥を栄養にし、冷たい深水の中で静かに成長する「静寂の民」であった。近年、湖底OSのアップデートによって重力設定が容易に変更できるようになったことが、この事態を招いた。しかし、SNSでの承認欲求を満たすために本来の生活圏を放棄する彼らの姿は、伝統的なマリモの在り方を汚すものとして、長老層を中心に激しい反発を呼んでいる。重力を操作するフィルタが、実は未知の湖底ウイルスによる脆弱性の悪用である可能性も指摘されており、浮遊を楽しんでいる場合ではないという意見も出ている。

このコラムに対し、湖底SNSでは賛否両論の嵐が吹き荒れている。「空中庭園派」を支持する若年層は「重力に縛られる時代は終わった」と反論する一方、保守層からは「沈んでこそマリモである」といった伝統回帰の声が上がっている。また、一部の専門家からは「あまりに頻繁に重力反転を行うと、細胞が引き伸ばされてただの緑色の塊になってしまう」との指摘もあり、ファッション性よりも健康面を懸念する声が広がっているようだ。単なる流行で終わるのか、それともマリモ界の分断を決定づけるのか、今後の動向が注目される。(コラムニスト:阿寒・古参・マリモ三世)