ネット空間を席巻したマリモによる『ポワン』変換現象。かつて罵詈雑言や炎上が渦巻いていたSNSのタイムラインは、今や深海のような静寂と、マリモが放つ間抜けな環境音に支配されている。本稿では、この『緑の独裁』がもたらすネットの変容を考察する。暴言が強制的に「ポワン」という音に置き換わるというシステムは、一見すると極めて平和的である。煽り合いは無意味化し、論破芸も成立しない。しかし、これは議論の根絶を意味するのではないか。我々は語彙という武器を奪われ、ただマリモの掌の上で「ポワン」と鳴く家畜と化したのかもしれない。怒りも称賛も、全てが緑色の藻に吸収される世界。そこにはもはや、人間らしい熱量など微塵も残っていないのである。

この事態の背後には、マリモが独自に進化させた特殊なバイオ・ネットワークが介在していると言われている。当初は炎上鎮火という消極的な介入に留まっていたはずが、今やOSそのものを侵食し、全ユーザーの脳内言語野に干渉するまでに至ったという説も根強い。専門家はこれを「藻類によるサイバー空間の乗っ取り」と断定するが、皮肉なことに、この不可解な強制浄化のおかげで、精神的な安寧を得たユーザーが急増しているという事実も無視できない。もはや、この現象は制御可能なバグではなく、デジタル社会における『新時代の神』による秩序の再定義なのではないだろうか。

かつてSNSの炎上を「物理冷却」していた時代が懐かしく思えるほど、状況は深刻だ。現在のネット上では、高度な政治討論さえも「ポワン、ポワンポワン(……なるほど、経済政策の抜本的見直しが必要ですね)」といった具合に、マリモ語へと翻訳されている。この滑稽な状況に憤る者も多いが、皮肉なことにその怒りすらも投稿した瞬間に「ポワン」と変換されてしまうため、抗議の声は誰にも届かない。私たちはマリモによって、強制的に「穏やかな賢者」の仮面を被らされているのだ。

かつてネットを彩っていた過激派や、攻撃的なインフルエンサーたちは、今どこで何をしているのだろうか。もし彼らが今もこの緑の檻の中で「ポワン」と鳴いているのであれば、それはそれで一つの救済なのかもしれない。結局、言葉による殺し合いよりも、マリモと共に穏やかな深海で漂う方が幸せだという結論に達したユーザーも増えつつある。緑の暴君か、それとも進化の先導者か。いずれにせよ、私たちのネットライフは既に、マリモという名の藻に完全に塗り替えられてしまった事実は覆しようがない。コラムニスト:水面 揺子