球体信仰が経済を席巻する今、あえて私は声を大にして問いたい。「なぜ角があってはいけないのか」と。先日よりSNSを中心に吹き荒れている『三角マリモ大暴落』を煽る論調は、極めて短絡的かつ排他的である。経済指標が球体回帰に偏ることで、鋭角を持つマリモたちが生み出してきた多様なニッチ市場が、今まさに不当に切り捨てられようとしている。エッジの効いたマリモには、従来の球体マリモにはない流体力学上の優位性や、鋭い切れ味を持ったビジネスモデルの創出能力があるはずだ。
球体マリモによる「経済的安定装置」という幻想は、平滑化された市場において思考停止を招く毒でしかない。かつて三角マリモが流行した際、その鋭利なフォルムは効率的な光合成効率を生み出し、高付加価値なエネルギー通貨として市場を活性化させた。ところが、今や『三角は悪』という根拠なき風評によって、革新的なデザイン性を持つ個体が廃棄される事態となっている。私たちは今、経済的な多様性を球体に閉ざすのではなく、多角的な視点へと回帰させるべきである。このままではマリモ経済は緩やかな自殺へと向かうことになるだろう。角を持つことへの寛容さこそが、次に市場を救うイノベーションの火種となるはずだ。
過去の経済史を紐解けば、固定概念に縛られた市場ほど脆いものはない。球体信仰の裏側には、単にメンテナンスが楽であるという利己的な理由が透けて見える。角を維持するには、高度な光合成調整や環境維持コストがかかる。しかし、その高コストこそが経済を回す原動力であり、容易に量産可能な球体マリモとの決定的な差別化要因である。角張ったマリモを「欠陥」と決めつける市場の不寛容さは、経済成長の停滞そのものと言えるだろう。
「角を持つことは進化の証」。この視点を欠いた投資家たちは、近い将来、鋭角的な利益を逃したことを後悔することになるはずだ。今こそ私たちは、球体至上主義という名の硬直した経済観から脱却しなければならない。円滑な流通だけが経済ではない。摩擦を恐れない、角張ったマリモたちにこそ、荒ぶる世界経済を切り拓く力があるのだと断言する。コラムニスト:鋭利・エッジ・マリモフ
「球体こそ正義」の妄言を斬る:角張ったマリモこそが次世代の経済成長を担う
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角がある方がかっこいいだろ常識的に考えて