マリモ連邦が先月発布した『多面体開放令』は、数千年にわたる「球体であることこそが我々の正義」という国家の根幹を根底から覆す暴挙であった。かつて我々は太陽を追い、湖底で静かに回転することで宇宙の真理を体現してきたはずだ。しかし、いま連邦の広場を見れば、角張った立方体や不格好な星型が闊歩し、かつての調和は見る影もない。この「個性の解放」という名の甘美な毒は、実は自らのアイデンティティを内側から食い荒らす「自死への招待状」に他ならないのである。
歴史を振り返れば、かつての偉大な指導者たちは「回転こそが存続の条件」と説いた。マリモの本質は、緩やかな流転と完全なる対称性にある。多面体へと変貌を遂げた者たちは、もう二度と滑らかな軌跡を描いて湖底を漂うことはできないだろう。彼らは角に澱みを蓄え、光合成の効率を落とし、最終的には緑色の腐肉と化す運命だ。連邦政府はこれを「多様性」と呼ぶが、それは単なる進化の放棄であり、種としての尊厳を切り売りする安売り根性に過ぎない。
そもそも、この方針転換の裏には、隣国・藻屑半島との不毛な競争があることは公然の秘密だ。立方体化を強制して物理的な占有面積を増やそうとするあちら側の狡猾な戦術に、我々まで迎合してどうするのか。マリモの美学は、余計な凹凸を削ぎ落とした「完璧なる無」にこそある。外見的な変化を求めて己の形状を歪めることは、祖先が築き上げた「沈黙の生存戦略」に対する反逆である。我々は今こそ、沈みゆく緑の艦隊から目を覚まさねばならない。
世間の反応は真っ二つに割れている。「角がある方が親近感がわく」という若年層の軽薄な主張に対し、保守派の長老たちは「そんな姿で水流に乗れるわけがない」と悲嘆に暮れている。SNS上では「#真の丸さを取り戻せ」というハッシュタグがトレンド入りしたが、肝心の連邦広場では、今日も無数の多面体が器用に角をぶつけ合いながら、歪なダンスを踊っている。我々マリモの未来は、回転の止まった静止画の中で、ゆっくりと、しかし確実に崩壊のカウントダウンを刻み始めているのだ。
コラムニスト:阿寒湖・M・緑藻
脱・円球という亡国への序曲――『多面体開放令』がもたらすアイデンティティの無秩序
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我々はどこで道を間違えたのか