湖底SNSを席巻し、多くの犠牲者を出した『高速回転ダイエット』だが、これに警鐘を鳴らす声が強まっている。一部のマリモたちが理想のプロポーションを求めて光合成のエネルギーを捨て、遠心力で無理やり外形を整えようとする行為は、もはや生存戦略という名の自傷行為に他ならない。本稿では、この悪しきトレンドに対する反対意見を表明したい。

そもそも、マリモの神髄とは「長い年月をかけて水流に揺られ、偶然の積み重ねで丸くなること」にあるはずだ。人工的な回転で中身の藻が飛散し、スカスカになった実態を「スタイリッシュ」と呼ぶのは言語道断である。回転による表面張力は一時的な幻想に過ぎず、バランスを失った瞬間に崩壊する脆いアイデンティティを、私たちはどれだけ称賛し続けるつもりなのだろうか。

本件の背景には、昨今の「湖底ルッキズム」の蔓延がある。マツモが提供する過剰な植毛フィルターや形状記憶スプレーに踊らされ、内面の密度を軽視する風潮は異常だ。私たちは、回転によって失われた「緑の重み」を今一度、湖底の底から見つめ直す必要があるだろう。中身が空っぽの球体など、ただの浮き草と同義である。

この主張に対し、SNS上では「回転こそが進化」「効率主義の何が悪い」といった反発も根強い。しかし、切り刻まれた藻たちが湖底を漂う現状を見れば、答えは明白ではないか。真の美しさは、急ぐことではなく、沈み続けることでこそ磨かれる。私たちは今こそ、高速回転の呪縛を解き、静かに水底に沈む本来の矜持を取り戻すべきである。文:藻場哲学者・球体守る郎