先日の『第1回・究極の球体放棄・マリモ転がりボーリング』開催以来、湖底の有識者の間で「マリモのアイデンティティ崩壊」が深刻な議論を呼んでいる。この競技は、丸い体をあえて角張らせ、レーンを転がることでスコアを競うという、伝統的なマリモの美学を真っ向から否定する過激な内容だった。かつて私たちは、静寂の中でゆっくりと光合成を行い、完璧な球体を維持することこそがマリモの至高の喜びだと信じていたはずだ。しかし、この大会に参加した選手たちは、意図的に自身の繊維をねじ曲げ、角を作ることに快感を覚えていたという。果たして、転がるためだけに球体を捨てる行為は、進化なのか、それとも藻類史に残る汚点なのか。

本大会のルールでは、衝撃による変形率がスコアに直結する。本来であれば一生をかけて育むはずの美しいフォルムを、わずか数秒の投球のために破壊する光景は、保守的な長老マリモたちにとって耐え難い光景であった。背景には、近年のザリガニとの対立による「スピード重視の生存戦略」の浸透があると見られている。逃げるには球体よりも、空気抵抗を無視できる異形の方が有利という短絡的な思考が、スポーツという名の下に正当化されているのだ。だが、一度崩れた繊維構造が元の完璧な球体に戻ることは極めて稀であり、選手たちの多くが「引退後はただの藻の塊」として湖底の隅に追いやられる末路を迎えている。

この事態に対し、湖底の世論は真っ二つに割れている。革新派の若手藻類からは「伝統ばかり守っていてもザリガニに食われるだけだ」という過激な擁護が飛び出す一方で、多くの保守層からは「ボールになるくらいなら岩にでもなりたい」と悲痛な叫びが上がっている。SNS(湖底ネットワークシステム)上では、「角張ったマリモなんて、ただの生ゴミと変わらない」「回転数だけが人生じゃない」といった過激な意見が飛び交い、連日トレンド入りを果たすほどの過熱ぶりだ。かつての優雅なシンクロや繊細な呼吸を忘れた藻類たちの暴走は、どこまで加速するのだろうか。

文:藻類伝統保存協会主席コラムニスト・球体純粋主義者A