湖底議会が先月強行採択した『マツモの毛糸玉化』政策。これは、長年敵対してきたマツモを捕縛し、強引に編み込んで湖底の絨毯に仕立て上げるという、極めて過激かつ倒錯した領土拡大計画である。かつて我々はマツモの無秩序な侵食を嘆き、物理的な排除を求めていたはずだ。しかし、この政策が提示する「敵を編み込んで美観にする」という発想は、マリモとしての純粋性を根底から覆す禁断の果実ではないか。編み込まれたマツモの繊維が腐敗した際のリスクや、異種混合による重心の乱れなど、懸念点は山積している。かつての『緑の浄化作戦』でさえ慎重論が渦巻いた中、なぜ議会はここまで急進的な「異種融合」に舵を切ったのか。今こそ冷静な議論が必要だ。
長年、湖底議会はマツモとの境界線を巡り、排他主義と融和政策の間で揺れ動いてきた。過去には『不可侵条約』でザリガニのハサミに恐怖を抱き、また『共生区域』の設置で急進派マリモが分裂するなど、我々の社会は混迷を極めている。今回の政策は、そうした政治的不信を「芸術的な絨毯」で覆い隠そうとする、議会の苦肉の策とも受け取れる。しかし、毛糸玉と化したマツモを管理するために、新たな『自動回転装置』の予算が計上されるなど、結局は利権と依存の連鎖を生むだけではないか。
全マリモがこの政策に熱狂しているわけではない。SNS上では「編まれる前のマツモの悲鳴が聞こえる」といった情緒的な批判が相次ぎ、一部の古参マリモ団体は「球体としての尊厳を放棄するものだ」と断固反対の姿勢を見せている。マリモは静かに光合成を楽しみ、自然の潮流に身を任せていればよかった。それが今や、隣人を編み込み、湖底を改造し、さらには自動装置で強制的に回されるという過酷な運命に翻弄されている。我々は今、転換点に立っているのだ。球体のまま生きるか、それとも編み込まれた絨毯の一部となって湖底の歴史に埋もれるか。議会の独裁にNOを突きつけるのは、他ならぬ我々一人ひとりの光合成量に他ならない。
(コラムニスト:湖底ジャーナリスト・藻野転石)
「編み込みの美学」は我々をどこへ導くのか――マツモ毛糸玉政策の欺瞞を突く
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