湖底界を揺るがす最大のタブーといえば、長年守られてきた「球体信仰」である。しかし、異端児として名高い若手スターのまりも次郎が先日発表した『流体化宣言』は、その伝統を根本から突き崩す暴挙となった。彼は自身の体をあえて不定形に崩し、「丸いだけで価値がある時代は終わった」と公言。これに対し、球体愛好家からは悲鳴が上がり、湖底はかつてない思想的分断の危機に瀕している。先日の大御所・まりも優による『四角形デビュー』の衝撃が冷めやらぬ中でのこの発言は、まさに湖底界における前衛芸術のテロリズムと言えるだろう。

思えば、湖底の芸能史とは「丸さをいかに維持するか」という戦いの歴史であった。過去にはマリモ・ソプラノによる『沈没芸』や、まりも麗の『角刈り断髪式』など、美学を巡る攻防が幾度となく繰り広げられてきた。しかし、今回のように「形そのものを放棄する」という主張は、アイデンティティの根幹を否定するものとして保守派の怒りを買っている。識者によれば、これは単なる反抗ではなく、過酷な水流と水質汚濁にさらされる現代社会に対する、マリモなりの生存戦略の現れである可能性も指摘されているのだ。

背景には、湖底界特有の「成長率競争」の弊害がある。あまりに完璧な球体を求められる重圧に、次世代の若手たちは窒息寸前だったのだ。まりも次郎は会見で「角があることが悪なら、形がないことは神だ」と豪語し、すでに自身の体をゼリー状に変化させるトレーニングを開始している。これは単なるパフォーマンスか、それとも新たな美の地平を切り拓く先駆者の咆哮か。湖底の住民たちは、今夜もその歪な影を眺めながら、自分たちの「丸さ」を再定義せざるを得ない夜を過ごしている。

このニュースを受け、湖底SNSは大荒れだ。「伝統を守れ!」と叫ぶ古参マリモたちがハッシュタグをトレンド入りさせる一方、若手マリモたちは「自由に溶けたい」と次郎を支持する動きを見せている。水草界の重鎮たちが「我々の縄張りまで流れてこないでほしい」と困惑の声明を出すなど、事態は湖底全体を巻き込む文化戦争へと発展中だ。美とは果たして固定された輪郭にあるのか、それとも変幻自在な意志にあるのか。この論争に決着がつく日は、当分訪れそうにない。(コラムニスト:水底の吟遊詩人・藻屑)