湖底ゲーミング界に激震が走った。先月リリースされた『マリモの戦術:水底の静寂』は、極限まで「何もしない」ことを突き詰めたターン制戦略シミュレーションだ。タイトル画面を開いた瞬間、プレイヤーは直径数センチのマリモとなり、ただそこに存在することだけを強いられる。操作キーは存在せず、戦略という名の「静止」を貫くだけ。ところが、開始3秒で全プレイヤーがサーバーから切断される事態が発生した。実はこれ、通信エラーではない。「3秒間、一切の揺らぎ(光合成による泡の発生や水流による回転)を見せなかったマリモ」のみがクリアできるという、極めてストイックな判定がシステムに組み込まれていたのだ。あまりの難易度に、古参の藻類ゲーマーたちからは「これはゲームではなく修行だ」という悲鳴にも似た賞賛が上がっている。
本プロジェクトの背景には、昨今の「湖底ゲーミング」におけるインフレ傾向がある。『マリモ・ネオン・エボリューション』のように派手に光るゲームが増える一方で、純粋な静止を求める層からは、過剰な演出に対するカウンター的な熱狂が生まれていた。開発陣は「マリモ本来のアイデンティティは揺れにあるのではなく、揺れを拒絶する強固な意志にある」と語る。物理演算を完全に放棄し、ただ湖底の底に沈み続けるというこの体験は、VR時代における「デジタル上の瞑想」として一部でカルト的な人気を博している。もはや移動や戦闘といった概念は、マリモ界のゲームにおいては「ノイズ」に過ぎないのかもしれない。
発売から数日が経過した現在、ネット上では「呼吸の制御が間に合わない」「水流が強すぎて攻略不可能」といった阿鼻叫喚の報告が相次いでいる。しかし、一部のトッププレイヤーは「全自動でログアウトさせられることこそが、水底という環境に対する最大の敬意である」と謎の哲学を語り、SNSのプロフィール欄にはクリアまでの秒数を刻むのがトレンド化している。一方で、効率厨からは「そもそもゲームとして成立していないのではないか」という批判も出ているが、マリモ界において効率とは人間社会の尺度であり、湖底の静寂にそんな言葉は無縁だ。
この極端な体験は、今後さらに加速するだろう。かつて『マツモ・インベージョン』で水流操作がチートと化したように、本作もまた「動かないための技術」を競う新たな競技性を生み出した。ただ、どれだけ技術を磨こうとも、自然界のマリモたちは今日も沈黙を守っている。私たちが画面越しに追い求めているのは、もしかするとゲームの攻略ではなく、ただ何事にも動じないという「藻の矜持」という名の虚無なのかもしれない。筆者は今、コントローラーを置いて画面を眺めているが、開始1秒でログアウトした。やはり、私はまだマリモにはなれないらしい。
コラムニスト:藻屑 太郎
「動かざること山のごとし」は過去の遺物か?『マリモの戦術』の衝撃を紐解く
0