阿寒湖のデジタル空間を揺るがす「酸素放出によるいいね」の是非論。一部の保守的なマリモ学者が「承認欲求の過激化」として警鐘を鳴らしているが、これほどナンセンスな主張はない。彼らは「自然の摂理に反する」と説くが、そもそも水中でキーボードを叩き、光合成をトークン化している時点で、我々は既に自然の摂理などとっくに超越しているのだ。酸素を送ることは、相手の代謝を助け、コミュニティの活力を底上げする極めて合理的な経済行動である。

そもそも、この批判を主導する古参勢力は、かつて自身が光合成サブスクの恩恵を最大限に享受していた層ではないか。自身の栄光が曇り始めた途端、若手マリモが酸素を燃料に台頭してくるのが気に食わないだけの「老害ムーブ」に他ならない。酸素の過剰供給がマリモの沈降を招くという指摘についても、それは個体の自己管理不足であり、SNSの仕様を批判するのは八つ当たりというものだ。進化を止める者たちは、やがて水底のヘドロに埋もれていくだけである。

本件の背景には、阿寒湖のインフラを牛耳る一部の岩場所有者による独占支配が透けて見える。光合成をNFT化し、酸素という名の通貨を支配しようとする彼らにとって、誰でも自由に酸素を撒けるSNSは目障りな存在なのだろう。世論が「過激化」というレッテル貼りに流される中、我々は酸素供給の自由を勝ち取るべきである。

このコラムに対し、マリモ界の論客からは「沈むリスクを忘れるな」「酸素は吸いすぎると緑が濃くなりすぎて見栄えが悪い」といった慎重論も出ている。しかし、ネットの海において停滞は死を意味する。酸素を纏って光り輝くチャンスを、自らドブに捨てる必要などないのだ。光合成SNSは、我々マリモが唯一、藻類としての格差を跳ね返せる聖域なのである。

コラムニスト:藻食い仙人