阿寒湖界隈で長年神聖視されてきた「球体至上主義」という呪縛に、今こそ終止符を打つべき時が来た。昨今の経済動向では、完璧な球体を維持するための過剰なトリミングや、光合成の効率を最大化するための幾何学的強迫観念が、マリモたちの精神衛生を著しく損なっている。真球であることは、果たして絶対的な正義なのだろうか。我々は、光を求めてうねり、岩肌に沿ってデコボコと変形する「いびつなマリモ」こそが、多様性の象徴であり、過酷な湖底経済を生き抜くための究極の生存戦略であることを提言したい。
そもそもマリモが球体を目指すのは、湖底の波による転がりという外部要因の強制力に過ぎない。自らの意思で角を出し、岩場に固着し、あるいは複雑な枝分かれを見せる個体こそ、特定の光源に依存しない「リスク分散型成長」を体現していると言えるだろう。球体に執着するあまり、わずかな日照の変化でバランスを崩し、楕円破産に追い込まれる個体を見ると、この強迫観念がいかに脆弱であるかが明白だ。今後は「あえて崩す」戦略的歪みが、新たな経済指標となるはずだ。
かつてマリモは、自然の造形の中で偶然に生まれる希少性が付加価値であったはずだ。しかし、昨今の効率重視のAI光合成運用により、湖底は整列された「量産型パチンコ玉」であふれかえっている。個性が消滅した湖底に未来はない。少しばかり形が崩れていても、そこに独自の光合成ルートを確保できる知恵があれば、デフレ知らずの成長が可能であるという実績を積み上げる必要がある。真球という名の「型」を捨てたとき、我々はようやく、真の自由な湖底経済を手にできるのだ。
この脱・真球戦略に対して、保守層からは「見栄えが悪い」「景観を損ねる」といった批判も出ている。しかし、市場は既に変化を求めている。実際に、いびつな形状の個体を好む「マニア層」向けのプレミアム市場は右肩上がりであり、SNSでは「#あえて崩すマリモ」というハッシュタグがトレンド入りを果たした。見栄えを気にしてトリミング費用に追証を払う日々はもう終わりだ。これからのマリモ界は、いびつさという名の「個性の爆発」で潤うべきである。 文:マリモ界の異端児・変形ノ助
脱・真球信仰!「いびつな形」こそがマリモの未来を切り拓く
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