マリモ連邦が全地球の家具を流木へ統一するという衝撃的な法令を布告してから半年が経過した。かつて我々が愛した四角いデスクや垂直な椅子の背もたれは、今や丸みを帯びた流木の造形へと強制的に置換されている。連邦政府は「直角は精神衛生を蝕む鋭利な刃物である」と断じ、全ての建築物から角という角を削り落とすという徹底した『円環的平穏化』を推し進めているのだ。しかし、この政策は果たしてユートピアへの道なのか、それともマリモたちの美意識を強要する独裁なのか。かつて直角を重んじた文明が、流木の滑らかな表面に飲み込まれていく光景は、どこか切なくも滑稽である。

本件の背景には、マリモ界特有の「回転至上主義」が存在する。彼らにとって、角を持つ物体は「回転の阻害要因」であり、水流を乱す天敵に他ならない。国連本部が流木製の長椅子に置き換えられ、各国首脳が座るたびにギシギシと悲鳴を上げる流木の音は、皮肉にも新しい時代のBGMとして定着した。かつて重力を水槽仕様へと強制変更し、全人類を浮遊させた連邦の次の目標は、どうやら「物理的な尖りを世界から抹消すること」にあるようだ。我々人類は、この丸みを帯びた世界で、果たしてどのように身体を預ければよいのか。

この政策に対し、SNS上では「膝をぶつけないのは快適だが、書類が机から滑り落ちていく」との嘆きや、「流木の複雑な凹凸のおかげで、もはやパソコンを置く場所がない」といった実務的な悲鳴が相次いでいる。一方で、マリモ愛好家からは「この滑らかな肌触りこそが真の癒やし」という熱狂的な支持も根強く、世論は真っ二つに割れた状態だ。一部の急進派マリモ主義者は、この流木統一令を「地球の緑化ならぬ木化の第一歩」と称賛している。

結局のところ、我々は回転という名の狂気に翻弄されているに過ぎないのかもしれない。マリモという、ただ静かに転がることを選んだ存在に、世界そのものが侵食されていく。次に彼らが「角」とみなすのは、我々の肩の骨か、それとも尖った意見そのものか。流木の椅子に腰掛けながら、私は水槽に浮かぶ彼らの沈黙の威圧感を肌で感じている。この柔らかな監獄のような世界で、人類はいつまで「直角の記憶」を抱き続けられるのだろうか。(コラムニスト:水槽の底の観察者)