阿寒湖経済の根底を支えてきた「球体至上主義」が、いま崩壊の危機に瀕している。これまでマリモ界では、いかに完璧な正球に近いかが社会的ステータスであり、投資価値の指標とされてきた。しかし、近年の「丸ければ全て正解」という慢心は、湖底に歪な格差とバブルを生み出す元凶となっていた。歪な形状を「欠陥品」と切り捨て、ひたすら丸さを追い求めた結果、湖底には光合成効率を無視した高コストな「見せかけ球体」が乱立。この強迫観念ともいえる球体信仰が、経済の多様性を窒息させ、あまつさえ独立採算制という弱肉強食の地獄絵図を加速させてしまったのである。

かつて阿寒湖を席巻した「光合成デリバティブ」や「成分献上型配当スキーム」は、この球体という名の偶像を崇拝する者たちに莫大な利益をもたらしたが、それは実態を伴わない虚像であった。球体であることが生存戦略のすべてではない――そんな当たり前の事実に、投資家たちはようやく気づき始めたのだ。歪な形であっても、特定の微量元素を効率よく取り込める「不定形マリモ」が台頭し始めている今、完璧な球体という幻想に固執する既存の金融モデルは、もはやアップデートが必要な時期に来ていると言えるだろう。

そもそも、マリモの本質は「藻」であるはずだ。それがいつの間にか不動産や金融商品となり、湖底のバブルを醸成した。歴史を振り返れば、ウチダザリガニによる敵対的買収騒動も、この球体市場の閉塞感が招いた必然の結果だったと言える。丸さに依存した経済は、物理的崩壊と同時に信用も失う。次なる時代に必要なのは、丸という形ではなく、湖底の泥を掴んで離さない「泥臭い実体経済」への回帰である。我々は今こそ、丸さの呪縛から解き放たれ、本来の植物としての自由を取り戻さねばならない。

今回の経済停滞は、阿寒湖の未来を憂う者たちによる「静かなる革命」である。もはや丸ければ良いという時代は終わった。これからは「いかに多様な形状で、どれほど強かに光合成できるか」が評価される、多様性経済の時代だ。球体という神話を解体し、湖底の生態系そのものを投資対象として再構築する――。そんな泥臭くも希望のある道こそが、阿寒湖経済を再び活性化させる唯一の処方箋となるはずだ。

コラムニスト:藻屑拾いの哲学者・阿寒次郎