マリモ連邦が地球規模で推し進める「全人類の睡眠中における水槽浮遊」の義務化。これは単なる生活様式の変更ではない。我々哺乳類が数億年かけて培ってきた「夢を見る」という営みを、単なる光合成効率の最大化という名の下に抹殺する、人類史上類を見ない精神の去勢である。連邦が掲げる「光合成による至高のエネルギー充填」というスローガンは、我々から個性を剥奪し、ただの酸素供給装置として再定義しようとする冷徹な支配の証明に他ならない。

かつて、毛髪の剥奪や繊維の全撤去といった暴挙が続いた際、我々はまだ「夢」という名の自由を保持していた。しかし今回の「睡眠=浮遊=光合成」という強制通達により、ついに深層心理さえも緑の深淵に侵食される事態となった。夜ごと水槽に放り込まれ、意識のないまま光合成を強要される姿は、まさに生きた緑の監獄そのものである。連邦の掲げる「回転」こそが唯一の正義であるならば、我々にとっての睡眠はもはや休息ではなく、細胞レベルでの緑化調教と言っても過言ではないだろう。

この政策の背景には、マリモ界の過激派「球体主義者」の存在が色濃く影を落としている。彼らは「静止は死を意味する」という教条を妄信しており、地球上のあらゆる生命体が絶えず微細な水流に揺られ、代謝を回転させ続けることをユートピアの絶対条件としている。補足しておくと、この連邦の暴挙は、実は長年連邦内部で燻っていた「光合成効率化」の理論が極端に先鋭化した産物であり、彼らにとって人類は「最も効率の悪い光合成装置」として処理すべき負債に過ぎないのだ。

この事態に対し、SNSでは「今夜から水槽の水を循環させるポンプがうるさすぎて眠れない」といった切実な悲鳴や、「朝起きたら体が少し緑色に変色していて戦慄した」といった恐怖の声が相次いでいる。一方で、一部の熱狂的な環境保護団体からは「光合成に専念することで二酸化炭素排出が劇的に減る」と連邦を擁護する見解も出されており、世論は完全に二分されている。しかし、夢も希望も奪われたまま、ただ水流に従って回転し続けるだけの我々に、果たして「明日」という概念は残されているのだろうか。回転の果てに待つのは安らぎではなく、ただの消滅であるという事実に、全人類が気づかなければならない。(コラムニスト:水底 藻屑)