田所さんが発表したこの究極のラーメンは、スープにスープを重ね、さらに数種類の麺をミキサーで分子レベルまで粉砕・乳化させることで、喉を通る瞬間に全ての旨味が脳にダイレクトに到達するという代物です。開発期間は8年、費やした食費は軽自動車数台分に相当しますが、田所さんは「咀嚼という動作は無駄。噛む時間さえあれば、あと一杯ラーメンが食べられたはず」と、その熱意を語りました。

試食会に招かれた近隣住民たちは、その「ドロリとした何かが注がれたグラス」を前に困惑を隠せませんでしたが、一口すするやいなや、そのあまりの旨味の奔流に、数名が一時的に記憶を失い、窓の外の風景が万華鏡のように回り出す幻覚を見たといいます。田所さんはこの現象を「味覚のビッグバン」と命名し、自信満々に次の一杯を注ぎ足しました。

しかし、この画期的な発明には、田所さん自身も想定していなかった重大な欠陥がありました。あまりにも粘度が高く、かつ分子的に結合しすぎたその液体は、通常の食器用洗剤では一切落ちず、洗おうとすると逆にキッチン全体に旨味の膜が広がり、家じゅうが異常に美味そうな香りに包まれるという地獄のような事態を引き起こしたのです。

「皿を洗うたびに、壁を舐めたい衝動に駆られる」と語る田所さんのキッチンは、現在、旨味成分が固着して独自の生態系を形成し始めており、換気扇からはとんこつ醤油の香りがする微生物が観測されています。保健所からの指導も時間の問題と見られますが、田所さんは現在、この『液体ラーメン』に合う『液体餃子』の開発に没頭しており、キッチンの崩壊は秒読み段階です。

取材の最後に、田所さんは「これで人類は箸という重荷から解放された。次は、これを気化させて吸い込む『吸引式ラーメン』だ」と宣言しました。その横で、彼がうっかり床にこぼしたラーメンの残骸を食べていた近所の野良猫が、突然二足歩行を始め、流暢なフランス語で食レポを始めたのを見て、田所さんは「まだ改良の余地があるな」と満足げに頷いていました。