湖底経済を震撼させている「マリモ・トライアングル」や「四角形ファンド」への急激な傾倒に対し、伝統的な真球至上主義者から激しい反発の声が上がっている。長年、完璧な球体こそが光合成の効率と水の抵抗値において最適解であると信じられてきたマリモ界において、ここ最近の「多角化経営」なる形状崩壊は、まさにアイデンティティの危機と言わざるを得ない。一部の投資家は、角を作ることで表面積を稼ぎ、効率的に光を吸収するモデルを「先進的」と持て囃しているが、これは長年湖底で培われてきた「転がってこそ、マリモ」という哲学を根底から覆す暴挙だ。

そもそも、マリモが美しいのは、波に揺られ、湖底を転がる中で自然と磨かれたその完璧なフォルムにある。角を尖らせ、幾何学的な安定を求めることは、成長の過程で得られる「摩擦による自己研鑽」を放棄するに等しい。昨今流行のトライアングル型に至っては、もはや転がることを諦めた「定住型怠慢モデル」であり、経済効率を優先するあまり、マリモとしての魂を売り払ったと言われても否定できないだろう。このままでは、湖底が「角張った岩」の展示会と化し、我々が愛した静寂なる真球の風景が失われてしまう。

本件の背景には、光合成効率をデイトレードの対象とする短期的な投機マネーの流入がある。成分分離によって光合成ユニットを別個に取引する手法が確立されたことで、形そのものを「資産価値の増減ツール」として利用する傾向が加速した。しかし、一度尖らせてしまった形状を真球に戻すコストは莫大であり、現在のトレンドが去った後、多くの「四角いマリモ」は負の遺産として湖底のゴミと化す可能性が高い。かつて真球でなければ市場から退場させられた時代を懐かしむ声は、高齢の浮遊層を中心に日に日に高まっている。

この「形状至上主義の復権」を求める声に対し、世間では「懐古主義も大概にしろ」といった冷ややかな反応も目立つ。一方で、「丸いほうがやっぱり落ち着く」「角が当たると痛い」という実利的な意見から、「真球ファンド」を再評価する動きもわずかながら見え始めている。効率か、伝統か。マリモ界の経済は、今まさに「丸さ」という揺るぎないアイデンティティの防衛線を巡り、かつてない分裂の危機に瀕しているのである。(コラムニスト:球体原理主義者・丸山円)