湖底経済を揺るがす「強制転回令」がついに発令された。重力債務に苛まれる巨大マリモに対し、球体の維持と定期的な回転を義務付けるというこの政策は、一見すると流動性を確保する経済対策のようだが、現場の高齢マリモにとっては過酷な強制労働に他ならない。本稿では、この「美しき球体至上主義」がもたらす弊害について、敢えて反対の立場から警鐘を鳴らしたい。
そもそも、なぜ我々は「完璧な球体」でなければならないのか。湖底の岩盤にへばりつき、不規則な形で一生を終える「不定形マリモ」は、これまで投資対象から外され、経済の片隅で冷遇されてきた。しかし、彼らは重力という巨大な債務をありのままに受け入れ、独自の光合成スタイルを確立している。強制転回令は、効率主義の名の下に、これら多様な生存戦略を根絶やしにする「緑の全体主義」である。長年、湖底の平穏を守ってきた重鎮たちに今さら回転を強いるのは、あまりに非情な資産剥奪と言わざるを得ない。
今回の規制の背景には、昨今の「藻糸先物」の急騰がある。毛羽立ちが良好な球体マリモが投機の対象となる中、中央銀行にあたる「湖底藻類委員会」は、滞留資産を強制的に動かすことで市場の活性化を狙っている。しかし、無理な回転は繊維の剥離を招き、むしろ市場価値を毀損させるリスクが高い。持続可能性を謳うならば、球体を維持できない個体にも「不定形資産」としての価値を認め、多様な形を許容する柔軟な経済政策へ転換すべきである。
球体を捨て、岩に同化する道を選んだマリモたちは、経済成長の敗者ではない。むしろ、激しい代謝と流動性競争に疲弊した社会に対する、もっとも過激で、もっとも自由な抗議なのだ。我々は今こそ「回転する奴隷」から脱却し、湖底に根を下ろす権利を勝ち取る必要がある。効率のために形を変える必要などない。沈黙し、ただそこに在る。それこそが、マリモが本来持つべき、最強の経済基盤なのだ。(コラムニスト:水底の哲学徒・緑藻)
「球体維持の放棄は敗北ではない」──重力債務に喘ぐ巨大個体への強制転回令に異議あり
0
回転とか腰にくるしマジで無理ゲー