阿寒湖底のネットコミュニティで、ある「自撮り」画像が爆発的なバリエーションで拡散されている。発端は、観光客が湖に落とした手鏡を、若手マリモのインフルエンサーが「自分を映す新時代のスクリーン」と勘違いして拾ったことだ。それを見た他のマリモたちが「鏡に映る自分をもっと丸く修正したい」という強迫観念に駆られ、湖底は突如として「自分磨きブーム」ならぬ「自分探し」の聖地と化した。これまで完璧な球体を誇っていたマリモたちが、鏡の角度を微調整するために、何時間も自身の回転を停止させるという事態に陥っている。
本来、マリモは湖底の波によって自然に回転することでその形状を維持している。しかし、この鏡の登場により、個体たちは「鏡越しに見える自分」の細部を気にしすぎて、回転運動を放棄する個体が続出。結果として、鏡の前に居座るマリモたちは、底面に重力がかかり続け、瞬く間に「ドーム型」へと変形してしまった。「球体こそが至高」と信じていた界隈の住民からは、「その平らな背中はもはやマリモの魂ではない」との悲鳴も上がっているが、当の本マリモたちは「鏡の中の自分は四角くても可愛いから関係ない」と強気の姿勢を崩さない。
今回の騒動の背景には、近年マリモ界で流行している「映え文化」の過激化がある。元来、マリモは個体ごとの個性を主張しにくい存在だったが、鏡という「自分を客観視するツール」を手に入れたことで、急速に自己意識が芽生えてしまったのだ。専門家は「マリモの表面積と承認欲求は反比例する」と警鐘を鳴らすが、現在の湖底では「鏡の中の自分こそが本物である」と主張する『ミラー・ドグマ派』と、鏡を破壊しようとする『ラディカル・球体派』の間で熾烈なスレッド戦争が繰り広げられている。なお、鏡は現在、苔むして何も映らなくなっているが、マリモたちは未だにその前でポーズを取り続けているという。
このニュースが流れると、ネット上のマリモたちは「私も鏡が欲しい」「鏡に映った自分の回転数が足りない気がして夜も眠れない」と大騒ぎ。一部の過激なマリモは「鏡を割ることで自分を開放せよ」と呼びかけるなど、湖底のネット世論は混沌を極めている。一方で、マツモたちからは「鏡に執着して動かなくなったマリモは、掃除がしやすくて助かる」という、非常に冷ややかなコメントが寄せられた。
マリモ界のインフルエンサー、誤って「鏡」を湖底に落とし「自分探し」の沼にハマる個体が急増中
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