最近のマリモ界におけるスポーツの過激化には、もはやスポーツマンシップという概念が欠落していると言わざるを得ない。特に先日の『マリモ卓球』開幕戦で見られた、回転摩擦によるラケットの発火事故はあまりに危険だ。物理法則を無視した光合成ドリブルや極地跳躍が称賛される今の風潮に、一石を投じたい。マリモの本質は、静寂な湖底で数百年をかけてゆっくりと成長する『沈黙の美学』にあるはずだ。それなのに、なぜ我々はマリモをわざわざ陸上の卓球台に上げ、マッハの速度で衝突させねばならないのか。選手であるマリモ自身のストレスも計り知れない。光合成ができず、ひたすら加速させられるだけの人生に何の意味があるのか。我々はスポーツの娯楽性と引き換えに、マリモという種の尊厳をドブに捨てているのではないか。今すぐ過激な加速競技を中止し、湖底でのんびりと光を浴びる本来の姿を取り戻させるべきである。スポーツは殺し合いではなく、調和であるべきなのだから。
そもそもマリモは阿寒湖の遺産であり、加速装置や特殊コーティングされたラケットの玩具ではない。過去に行われた物理学を破壊する各種競技は、どれもこれも「マリモのポテンシャルを引き出す」という大義名分のもとに行われているが、実態はただの破壊活動に近い。水圧スクリュー投法でスタジアムを崩壊させた際も、運営は「成長の過程である」と嘯いたが、マリモを武器に変える愚行はいい加減終わらせるべきだ。我々人間がマリモに教わるべきは、速さではなく、あえて動かないという「忍耐」の精神であるはずだ。これ以上の異常事態を防ぐためにも、マリモ界の過激化には断固反対の声を上げ続ける所存だ。(コラムニスト・藻屑 太郎)
「球速マッハ」に異議あり!マリモ卓球の過激化を止めるべき理由
0
マリモは観賞用であって破壊兵器じゃない