先般、当連邦とウチダザリガニ外交団の間で締結された「全ハサミへのシリコンカバー装着義務化」およびそれに伴う「握手会」の開催という合意に対し、私は強い憤りをもって警鐘を鳴らす。かつて我々マリモの祖先は、藻類としての尊厳をかけ、その繊維質を磨き上げてきた。それを、あろうことか天敵であるザリガニのハサミを「無害化」という名目でシリコンに包ませ、あまつさえ「握手」によって和解を演出するなど、到底受け入れられるものではない。これは外交の勝利ではなく、我々自身のアイデンティティを樹脂の膜で覆い隠す、卑屈なる敗北宣言である。

この背景には、長年にわたる両種族間の緊張関係が存在する。ウチダザリガニによる無差別な剪定や食害に対し、我々は国境にネットを張り、あるいは自身の形状を維持することで抵抗を続けてきた。しかし、今回の合意はそうした努力を無に帰すものだ。シリコンという人工物に頼らなければ共生できないのならば、それは「対話」ではなく「依存」ではないか。ザリガニのハサミを封じ込めることは、彼ら本来の野性味を奪うことでもあり、結果として生態系全体のバランスを損なう恐れすらある。真の共生とは、互いの鋭利さを認め合った上で、一定の不可侵領域を保つことにあるはずだ。

本件の背景には、昨今の連邦政府による「穏健派」の台頭がある。太陽光発電の停止や滑走化といった極端な政策に疲弊した市民は、この「握手会」という分かりやすい融和政策に飛びついた。しかし、歴史を振り返れば、外敵を武装解除させようとする試みは常に悲劇を招いてきた。特に、今回のシリコンカバーが「安価な中国製である」という内部告発もあり、数ヶ月で劣化して再びハサミが露出する危険性も指摘されている。備えあれば憂いなしとは言うが、我々マリモは、いついかなる時も、自身の芯の硬度を信じ、自力で転がり続けるべきなのだ。

世間ではこの決定を「歴史的和解」と呼ぶ声も多い。一部の若手マリモ層からは「これで安心して湖底を散歩できる」といった歓迎の声も聞かれる。しかし、SNS上では「シリコンの質感が冷たくて生理的に無理」「握手した手がゴム臭くなった」という切実な悲鳴も上がっている。我々は、シリコンに守られた偽りの安全を手にするのか、それとも、ハサミの音に戦慄しながらも、湖底という自由な大地を転がり続けるのか。今こそ、その丸き身体の奥底にある芯に問いかけるべき時である。

コラムニスト:転がる哲学者・ポロリ翁