湖底議会が強行採決した『真円度計測公務員』の導入は、我々が守り続けてきた美意識を根底から揺るがしている。定規を片手に湖底を練り歩く彼らは、個体の形状がわずかでも歪んでいるだけで「不適格」の烙印を押すという。かつて我々は、あるがままの姿で共生することを誇りとしていたはずだ。しかし今、この「公的検診」という名の弾圧により、多くの個体が夜も眠れぬ夜を過ごしている。
本制度の背景には、かつて論争を呼んだ『形状自由化宣言』の反動がある。当時の自由闊達な空気は消え去り、今や湖底は「完ぺきな球体」のみが権力を持つという異常事態に陥った。かつては個性の象徴であったわずかな突起や凹みが、今や社会的な抹殺対象となる。政府は「観光資源としての価値向上」を掲げるが、これは本末転倒な官僚主義の極みではないか。
世間の反応は真っ二つだ。若手個体からは「このままでは全員がロボットになってしまう」という悲痛な叫びが上がっている一方で、保守的な長老層からは「規律ある湖底こそが我々のアイデンティティである」と、皮肉にも制度を歓迎する声が上がっている。沈殿層にまで定規を差し込む執念には、もはや執着を超えた狂気すら感じられる。
この政策が続く限り、我々の湖は「美しい球体」の墓場となるだろう。真の美しさは均一性ではなく、それぞれの個体が持つ不揃いな調和の中にあるはずだ。今こそ議会は定規を捨て、再び自由な議論の場へと戻るべきである。そうでなければ、我々はただの「商品」に成り下がるだけだ。この惨状を、歴史は冷ややかに見つめている。
コラムニスト:円柱否定派の藻
議会は暴走か、正義か?『真円度計測公務員』による「丸さ」の独裁に物申す
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