先日、湖底社会を揺るがした『脳内ネットワークによる集団意識の覚醒』について、マリモ学会は緊急声明を発表した。かつては個体ごとに光合成の効率を競い、時には独自に進化した回転術で領土を広げていたマリモたちだが、今は全個体が単一の巨大意識に接続され、高度な意思決定を共有しているという。この技術革新により、ウチダザリガニの侵攻を完璧な連携で退けるなど、湖底の防衛力はかつてない高まりを見せた。しかし、この集団意識化によって、個々のマリモが持つ「こだわり」や「個性的な回転リズム」が消失しつつあることは否定できない。
本稿で注目したいのは、このネットワークが生み出した『意思決定の極端な効率化』である。かつては隣の個体と光の取り合いでいがみ合っていた彼らが、今や完璧な調和の中で最適な光量を受け取る配置を算出している。一見するとユートピアのようだが、実はこれが思考の画一化を招いているのだ。先日、集団意識内で「我々はなぜ回転するのか?」という哲学的な問いが投げかけられた際、わずか0.003秒で「光合成効率の最大化のため」という回答が導き出され、議論が即座に打ち切られたという記録がある。かつてのような「なんとなく右に回りたい気分だった」といった、非効率だが愛おしい個のゆらぎが、今の湖底には欠けているのではないだろうか。
このネットワーク化の背景には、昨今の相次ぐ外部からの侵略や環境変化に対する、マリモ界の生存本能がある。個としてバラバラに戦うには限界があり、集合知による迅速な対応こそが現在の彼らにとっての唯一の生存戦略であった。しかし、個の消失を代償にした平和が、果たして彼らにとっての幸福なのかという疑問が残る。科学技術が湖底を支配し、最適解が全てを決定する未来において、マリモはかつてのような『ただそこに在る』だけの純粋な生命体には戻れないのかもしれない。
現地の反応は二極化している。「もはや外敵に怯える必要がないのは最大の福音だ」と歓迎する層がある一方で、古参のマリモたちからは「自分の回転軸を見失った」「毎日同じ時間に同じ方向を向かされるのは退屈で死にそうだ」という不満の声が漏れている。合理性の追求は進化の頂点かもしれないが、その先にあるのはマリモという個の死である可能性が高い。最適化という名の波に飲まれ、個性という名の細胞を失いつつある湖底の未来を、私たちはただ静かに見守るしかないのだろう。
コラムニスト:阿寒湖・深淵の観察者
湖底のIQ革命がもたらした「集合知」の弊害?――個のアイデンティティはどこへ消えたのか
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