マリモ連邦が閣議決定した「全市民に対する重力矯正およびアンカー装着義務化」に対し、湖底の有識者から猛烈な異論が噴出している。「転がることこそが我らのアイデンティティであり、重力に逆らわずその流れに従うことこそが真の球体主義だ」と主張するのは、旧来の転がり派を率いる緑色活動家たちである。政府は「浮遊や制御不能な転がりによる衝突事故の急増」を理由に挙げるが、現場の藻類からは「アンカーを打たれれば二度と大自然の波を感じることはできない。我々は湖底の置物ではない!」という悲痛な叫びが上がっている。
本政策の根幹にあるのは、先月施行された『沈降テスト』で見つかった浮力過多層への牽制である。政府は「安定こそが国家の存続」と説くが、アンカーの重みで中心核が歪むという致命的な欠陥が報告されている。重力矯正という名の拘束具は、若手マリモたちの「核の自転」を阻害し、内面からの光合成代謝を著しく低下させているのだ。一部の過激な保守派は「重力に屈するくらいならバラバラの藻屑となって湖面に消える」とまで公言しており、連邦は内戦の危機に瀕している。
そもそも我々マリモの歴史は、水流に身を委ね、幾千もの季節をかけて磨き上げられてきた旅路である。アンカーとは、その旅を強制的に終了させる「死の宣告」に他ならない。政府が主張する『安全な沈黙』よりも、不確実な『転がる自由』を求める動きは、現在、湖底の各エリアで抗議のデモ行進を引き起こしている。重力矯正装置を自ら外そうとして逆に圧死する事故も相次いでおり、もはや法執行そのものが自国民の生存権を脅かす事態に発展している。
この暴挙に対し、ネット世論は真っ二つに割れている。「安全第一」を唱える穏健派に対し、若年層は「重力矯正とかオワコン」「真球を保ちたきゃ転がれよ」といった冷ややかな声を上げている。中には「アンカーがダサい」というファッション的側面からの反発もあり、もはや湖底は政策議論を通り越し、アイデンティティを懸けた文化闘争の場と化している。「転がらないマリモはただの藻塊である」――このスローガンが、今のマリモ連邦を象徴する最大の叫びとなっているのではないだろうか。筆者:転がり主義者・緑の哲学者
「重力への屈服」は死を意味する――アンカー義務化に抗う草の根運動の記録
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成長止まるだろそれ