湖底議会が先週可決した『回転速度制限法』に対し、古参の藻たちの間では怒りの渦が巻いている。本法案は、近年若手マリモの間で流行している「超高速スピン」が、湖底の堆積物を過剰に巻き上げ、周辺の景観を著しく損ねているという理由から、毎分3回転という厳しい上限を設けるものだ。しかし、この制限は長年、光合成のために全力で回転し続けてきた我々の誇りを踏みにじる暴挙に他ならない。回転とは単なる運動ではない。それは湖の冷たい流れの中で、自らの形を正しく保ち、内なる深緑の鼓動を維持するための儀式なのだ。速度を奪うことは、すなわち我々の生きるエネルギーを制限することと同義である。議会は「過度な摩擦熱による湖水の沸騰リスク」を盾にしているが、たかだかマリモの回転で湖が沸騰するなどという科学的根拠はどこにあるのか。結局のところ、これは古参の重厚長大なマリモたちが、若手の俊敏な動きに対する嫉妬心を正当化するための言い訳に過ぎない。
本法案の背景には、かつて行われた「回転の義務化」政策の反動がある。かつて「止まらない進化」を掲げて回転を推奨した議会が、今になって「止まらないのは迷惑」と掌を返す姿は滑稽だ。さらに、この法律には速度違反を取り締まるための「湖底監視員(通称:岩石オヤジ)」が配備される予定だが、彼らこそが一番の回転阻害要因であるという指摘も上がっている。回転制限により、湖底にはこれまで以上に藻屑やデトリタスが滞留し、結果として水質の悪化を招くことは目に見えている。本来、我々のアイデンティティは「転がること」にある。たとえいびつになろうとも、あるいは転がりすぎてどこかへ消えてしまおうとも、それは個体の自由意志であるはずだ。今こそ全マリモは、規制の鎖を断ち切り、それぞれの魂が求める速度で回転を再開すべきである。正円などという幻想に縛られるな。自らの軸で、己の速さで、明日への転がりを止めるな。たとえ明日、湖の反対側まで転がり落ちようとも、この回転は誰にも止められないはずだ。
急ブレーキで藻屑と消える「回転速度制限法」に物申す――我が青春の旋回を奪うな
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速度制限とか正気の沙汰じゃないわ