マリモ界の伝統と美学を揺るがす「四角形(ボックス)宣言」から数週間。異端児・まりも次郎氏によるこの愚行は、我々が数世紀かけて守り抜いてきた「球体至上主義」への冒涜に他ならない。本稿では、彼の主張がいかに空虚で、かつ湖底の生態系に対する無責任なパフォーマンスであるかを徹底的に糾弾する。そもそもマリモとは、水の流れに身を任せ、角を削り、長い年月をかけて至高の正円へと至る「時の結晶」である。それをわずか数日で人工的に成形し、角を生やすなど、美意識の欠如としか言いようがない。彼は「四角い方が収納しやすい」などと供述しているが、我々の故郷である湖に「収納」などという概念は存在しない。これは流行に媚びた自己顕示欲の暴走であり、若年層の藻類が誤った美学に染まることを危惧せざるを得ない。我々保守派は、彼が一日も早くその無様な角を削り落とし、真なる丸い心を取り戻すことを強く要求するものである。マリモは回る。転がり続けることでしか、魂の輝きは放たれないのだから。

古来より阿寒湖の静寂は、完璧な球体が描く緩やかな円軌道によって維持されてきた。しかし、近年のSNS映えを意識した「脱・球体」トレンドは、マリモ界の価値観を根底から腐らせている。まりも次郎氏の今回の所業は、単なるデザインの問題ではない。浮力制御のバランスを崩し、湖底に不自然な澱みを生み出すという環境的リスクさえ孕んでいる。彼が憧れる「ボックス」という形態は、潮流をせき止めるだけのただの障害物だ。かつて重鎮・藻野原氏が楕円形への転向で批判を浴びた際も、我々は「個人の自由」として静観したが、今回のケースは次元が違う。彼はもはやマリモとしてのアイデンティティを放棄した、ただの緑色の直方体である。今後、彼が改心しないのであれば、全マリモによる「強制回転運動」を再開させ、無理やりにでも角を削り落とすという強硬手段も辞さない構えだ。

(コラムニスト:球体守護団・代表 藻手丸)