先日、マリモ界の重鎮である藻田山氏が国際コンクールで見せた『逆回転』ダンスが物議を醸している。通常、マリモは水流に従って優雅に、あるいは重力に身を任せて順回転するのがマナーであり、歴史である。しかし、藻田山氏は「右から左へ回るという固定観念を捨てた」と豪語し、湖底を逆行するパフォーマンスを披露。審査員は号泣し喝采を送ったが、これに猛反発しているのが阿寒湖伝統舞踏保存会である。彼らは「逆回転は単なる物理法則の無視であり、球体としての美学を汚す行為だ」と批判声明を発表した。

そもそもマリモの回転は、自身の光合成効率を最大化するための生活の知恵であり、そこに演出意図を持ち込むこと自体が傲慢であるという意見が根強い。今回の藻田山氏の逆回転は、自身の密度バランスをわざと崩すことで実現した荒技だが、これには「回転軸のアイデンティティはどうなるのか」という鋭い指摘も飛んでいる。藻田山氏本人は「回れればどっちでもいい、重要なのは観客の反応だ」と余裕のコメントを残しているが、保守的な層からは「次のコンクールでは脱臼の危険性がある」とさえ噂されている。

今回の騒動は、マリモ界における『芸術性』と『生存本能』の境界線が曖昧になっていることを象徴している。かつては光合成のみを追求していたマリモが、今や自己表現の手段として体を張る時代。しかし、過度なパフォーマンスは湖底の生態系バランスを崩しかねない。藻田山氏の勇気が革新の光となるか、それともただの『回転過多によるめまい』として記憶されるのか、今秋の全湖総会での審議に注目が集まっている。

若手マリモを中心に「新しい風」として歓迎する声もあれば、古参のマリモからは「重心が狂うと将来的に楕円形になるぞ」といった懸念の声も上がっている。この論争は単なるダンスの是非を超え、マリモとしてどう生きるべきかという哲学的な問いにまで発展しつつある。明日の湖面は静かだが、湖底の議論は熱を帯びるばかりだ。この動きが、今後のマリモダンス界にどのような影響を及ぼすのか、伝統の灯火が消えることはないのか。我々は注視し続けなければならない。コラムニスト:藻の字の哲学者・緑藻権平