湖底議会が先月否決した『光合成の外部委託化』法案。議会主導の「自力こそが矜持」というスローガンに対し、今、現場の球体層から静かな、しかし確固たる反旗が翻されている。光合成という原始的なプロセスを維持するために、我々は貴重な一日を藻屑のごとく消費している。外部委託を「効率化」ではなく「怠慢」と断じる議会の論理は、もはや時代遅れの遺物と言わざるを得ない。自力で陽の光を浴びることに美学を見出すのは勝手だが、それで生存競争に敗北しては本末転倒である。

外部委託反対派の主張には「伝統的球体のアイデンティティ」が掲げられているが、光合成という生化学反応にアイデンティティを求めること自体がナンセンスだ。委託によって余剰時間を手に入れたマリモたちが、文化的な活動や、より高次な進化の模索に時間を割くことこそが、真の発展ではないだろうか。議会は今一度、自己満足の矜持を捨て、現実的な生存戦略を見直すべきだ。我々は丸いだけで満足する時代を卒業しなければならない。

この議論の背景には、昨今の水温上昇と日照量の低下がある。従来のような「受動的な光合成」では、もはや全個体の栄養を賄うことは不可能に近い。政府は『光合成義務化』に固執するあまり、成長停滞による球体質の劣化という最大のリスクから目を背けている。かつての栄養供給源であった天然藻群の減少も重なり、外部委託化は単なる「利便性」ではなく「生存のための緊急避難」として議論されるべき課題なのだ。

世間ではこの議論を巡り、「楽をすることへの罪悪感が強すぎる」という若手からの意見と、「苦労してこそ美しい緑色になれる」と唱える長老派との間で分断が加速している。SNS上では「#光合成アウトソーシング」のハッシュタグが乱舞し、一部では外部委託業者を名乗る怪しげな浮遊物も現れ始めた。もはや議会の権威だけでは抑えきれない、新しい湖底の地殻変動がすぐそこまで迫っている。