阿寒湖の静寂が、今、知の嵐に包まれている。これまで光合成と転がりのみを人生の目的としてきたマリモたちが、湖底に沈んだ観光客の落とし物である防水書籍を解読し始め、突如として「インテリ化」が加速しているのだ。湖底のいたるところで、複数個のマリモが寄り添い、ページを微細な繊維でめくる姿が確認されている。彼らは現在、カントの『純粋理性批判』を貪り食うように……物理的な意味で繊維に吸収しながら、独自の解釈を論じ合っているという。専門家の調査によると、文字のインクに含まれる成分を栄養素として摂取することで、ニューロンのような網状組織が活性化している可能性が高いとのことだ。

この現象は、マリモの生活様式を根本から覆している。かつては太陽の光を求めて浮き沈みしていた彼らが、今や「真理を探求するためには、底の方が見通しが効く」として、水深の深い場所でひたすら沈殿し、熟読に耽っているのだ。一部の過激派は、物語の結末に納得がいかないとして、本をかじって物理的に書き換えるという蛮行に及んでおり、湖の生態系ならぬ「文芸系」の秩序が崩壊の危機に瀕している。さらに、本を読み終えた個体からは、まるで教祖のようなオーラが漂い始めており、周辺のマリモたちを従えて思想を説く「ゼミ形式」の集会まで確認されるようになった。

なお、今回の知的進化については、湖底のミネラルバランスの変化や、近年の温暖化による水温上昇が、たまたま古本のインク成分と化学反応を起こしたのではないかという説が有力である。しかし、マリモたちのあまりの熱心さに、研究者チームも「我々よりも深い哲学に達しているのではないか」と恐れをなしている状況だ。現在、教育委員会ならぬ「湖底図書管理委員会」が設立され、読書中のマリモを刺激しないよう、遊覧船のエンジン音をカットする静音航行が義務付けられる事態となっている。

このニュースに対し、湖底のSNS『Algae-gram』は「#沼る読書」のハッシュタグで溢れかえっている。多くのマリモが「球体としての形を維持するより、知識として膨らむほうが本質的」とツイートしており、形にこだわらない自由なマインドが急速に浸透しているようだ。一方で、「本を食べているだけではないか」という冷めた声もあり、阿寒湖の平穏を願う保守派との間で、激しい議論が交わされている。もはや彼らにとって、光合成はただの充電時間に過ぎないのかもしれない。