歴史・12月30日
ルーマニア人民共和国が成立し、国王ミハイ1世が退位した日
1947年12月30日、ルーマニアで国王ミハイ1世が退位させられ、同日にルーマニア人民共和国の成立が宣言されました。これにより、同国の長い王政の歴史に幕が下り、ソ連の影響下での共産主義体制への移行が決定づけられました。
国王ミハイ1世の退位
1947年12月30日、ルーマニア国王ミハイ1世は、共産主義勢力とソ連の圧力に屈する形で退位を余儀なくされました。王宮は軍によって包囲され、退位文書への署名が強要されました。ミハイ1世は国外追放となり、ルーマニアの王室は消滅しました。
ルーマニア人民共和国の成立
国王の退位と同日、ルーマニアの国民議会は王政の廃止とルーマニア人民共和国の樹立を全会一致で可決しました。これにより、同国は事実上の共産党一党独裁体制およびソ連の衛星国としての道を歩むことになりました。
その後の影響
王政廃止と人民共和国の成立は、東欧圏におけるソ連の影響力を決定的に強める出来事となりました。ルーマニアは長年にわたりソ連型の社会主義体制の下に置かれることとなり、民主化が実現するのは1989年のルーマニア革命まで待つことになります。
ポイント
- 発生年月日:1947年12月30日
- 退位した国王:ミハイ1世
- 新体制:ルーマニア人民共和国の成立