歴史・2月29日
ローマ皇帝アレクサンデル・セウェルスが暗殺される
ローマ皇帝アレクサンデル・セウェルスが暗殺された日は、歴史上2月29日(うるう日)に起きた重大な事件として記録されています。この事件によりセウェルス朝ローマ皇帝の系譜が途絶え、ローマ帝国は「3世紀の危機」と呼ばれる激しい動乱期へと突入しました。皇帝の死は、軍事力を背景とするローマの軍人皇帝時代の幕開けを告げる象徴的な出来事となりました。
事件の概要と背景
アレクサンデル・セウェルスは、従兄弟である前皇帝ヘリオガバルスの暗殺後に若くしてローマ皇帝に即位しました。彼は元老院との協調を重視し、内政や法制度の改革に努めましたが、軍紀の立て直しを図ろうとしたことがかえって軍隊の強い反発を招きました。ゲルマニア方面での軍事行動中、不満を募らせた兵士たちによって、マインツ(当時はモゴティアクム)の陣中において母親のママエアとともに暗殺されました。
その後の影響
アレクサンデル・セウェルスの死により、セウェルス朝は断絶しました。後継者には軍人であるマクシミヌス・トラクスが即位し、これを契機としてローマ帝国は皇帝の擁立と廃位が繰り返される「3世紀の危機」と呼ばれる長期の政治的・経済的混乱期に突入することになりました。元老院の権威は失墜し、軍隊の実力者が政治を支配する軍人皇帝時代の本格的な到来となりました。
ポイント
- アレクサンデル・セウェルスはセウェルス朝最後のローマ皇帝である。
- 事件はゲルマニアの陣中において発生した。
- 皇帝の死を契機にローマ帝国は「3世紀の危機」と呼ばれる動乱期を迎えた。